ペンリレー
スポーツにまつわる思い出
市立秋田総合病院 三浦 友梨乃

会員の皆様、はじめまして。市立秋田総合病院初期研修医1年目の三浦友梨乃と申します。初期研修が始まり、早くも半年が経過しました。優しくも熱心に教えてくださる先生方や温かい同期に囲まれ、充実した日々を過ごしております。恵まれた環境に感謝し、今後も研修に励んでいきたいと思います。
さて今回は秋田厚生医療センターの笹原萌先生からペンリレーのバトンをいただきました。私にはこれといった趣味はなく題材に悩みましたが、笹原先生とはバレーボール部の同期でもあり、10月はスポーツの秋とも呼ばれることからスポーツにまつわる思い出について書かせていただきます。
バレーをやっていると言うと、バレーボールなのか、それとも踊る方のバレエなのかと聞かれることが時々ありますが、実は両方やっておりました。幼稚園の頃にクラシックバレエの発表会を見に行ったことをきっかけに、近所のバレエスタジオに通うようになりました。クラシックバレエはあまり長く続けていた訳ではなく、コンクールにも出場したことはありませんでしたが、2回ほど出させていただいた発表会は良い思い出となりました。小学校低学年ながらに派手なメイクを施していただき、可愛らしい衣装に身を包んでステージで踊った時の高揚感は今でも覚えています。その後、毎週遊んでいた近所の友人に誘われ、小学4年生の頃にバレーボールを始めることになりました。一時期はバレーとバレエを両方習っているという紛らわしい状態となりましたが、双方の練習日が重なってしまうことが多く、クラッシックバレエは辞めてバレーボールのみを続けました。バレーボールでは小学生の頃は背が高い方であったため、攻撃やブロックがメインでしたが、中学校に入学後は身長が数センチしか伸びず、途中でセッターへ転向しました。当時は身長をかなり気にしていたような記憶がありますが、今考えるとセッターに転向してからの方がバレーボールの楽しさに気づけたように思います。自分で点数を取ることは少ないですが、チームメイトが攻撃を決めると自分のことのように嬉しいですし、攻撃がうまくはまったときはとても気持ちがよかったです。
高校時代は違う部活に入っておりましたが、大学に入学後、再びバレーがしたいという思いから女子バレーボール部に入部しました。最初の2年間は部活動に明け暮れる日々を過ごしておりましたが3年生の春に新型コロナウイルスが流行し、思うように活動できない状態が続いておりました。大学6年生になってようやく、4年ぶりに東医体の開催が決定しました。私自身久々の大会を心待ちにしておりましたが、そんな春先の練習中、怪我をしてしまいました。診断はアキレス腱断裂でした。皆が練習を頑張っている中私はリハビリを頑張り、最後の東医体には何とか歩いて応援に行けるまでにはなりました。久々に東医体の雰囲気を味わうことができて楽しかったですが、やはり寂しさもあり…少し心残りのあるまま、引退することになりました。
こうしてしばらくは本格的な競技とは少し距離を置いた生活を送っていたのですが、今年度開催されたオリンピックを観戦し、気分の高揚や感動を味わうことができました。体格では不利な日本の選手が技術で相手と戦う姿にはいつも感動させられます。私自身がスポーツをすることにはまだ恐怖がありますが、これからは観戦を楽しみたいと思います。また、スポーツをテーマに書かせていただきましたが現在ではほとんど体を動かしておりません。涼しい季節になったことですし近所の散策などしてみようかな、と考えております。
拙い文章ではございますが、ここまでお読みいただきありがとうございました。次回は研修同期の山崎まゆ先生にバトンを託します。よろしくお願いいたします。