古代から現代への警鐘:少子化と社会の行方

中通総合病院 三船 大樹

古代から現代への警鐘:少子化と社会の行方

古今東西において、次のような言葉がしばしば語られてきました。
 「祖父の代には、10人もの子を産み育てることは珍しくなかった。それが父の代になると、2、3人が普通となり、私の代では、結婚さえしない人々が増えている。」
 この言葉は、現代の日本だけに限らず、世界中の多くの地域で耳にするものです。これは古代ローマ時代のイタリアでも同様の現象でした。長きにわたる戦乱を終結させ、地中海世界に「ローマの平和」という理想郷を実現した初代皇帝アウグストゥスが直面したのは、静かなる未曾有の有事、すなわち「少子化」でした。
 ローマ帝国は、質実剛健を特徴とするローマ人の武士的精神で築かれたものでしたが、世代交代とともにその精神は薄れ、繁栄の陰で次第に社会の基盤が揺らいでいきました。平和を謳歌する帝国の中心部では、結婚を避けて快適な人生を求める人々の増加、子育てコストの上昇、家族のつながりの希薄化、地域コミュニティの分断、そして快楽的な個人主義が横行していました。
 現代の日本でも似たような傾向が見られます。2023年の日本の合計特殊出生率は1.20であり、必要とされる2.1を大きく下回っています。少子化は日本社会において人口減少、高齢化、労働力不足、経済成長の停滞といった多くの問題を引き起こしており、その解決が急務となっています。
 アウグストゥスは、国勢調査に基づいて現状を把握し、結婚や子どもの出産を奨励する法律を制定しました。独身者に対する課税を強化し、既婚者や多子者を公職選挙や要職人事で優遇しました。また、3人以上の子を持つ女性は家父長権から解放され、経済上男女平等の扱いを受けました。後の時代には養育助成金制度も導入されました。しかし、これらの少子化対策は十分な成果を上げることはありませんでした。ある歴史作家は次のように述べています。
 「このような問題は、税からの控除や家族手当の増額程度では解決不可能なのだ。」
 現代に目を向けると、少子化対策において一時的な成功を収めた北欧諸国も、再び出生率の低下に直面しています。スウェーデンは1980年代から2000年代にかけて、育児休暇制度や労働政策の改革によって一時的に出生率を回復させましたが、最近のデータでは出
生率は1.6前後にまで下がっています。ギリシアの歴史家トゥキディデスの言葉、「歴史は繰り返す」を思い起こさせます。
 ローマ帝国は、この国難に対して開国開放路線、すなわち移民政策を実施しました。これによりローマの首都機能は維持され、帝国全土の繁栄は200年ほど続きました。しかし、主要な指導層の出身地は、現代のフランス、スペイン、中東、アフリカ、バルカン半島などに移り、イタリア本国を故地とするローマ人のプレゼンスは次第に低下していきました。
 移民政策の影響は、現代のEU諸国における状況にも見られます。例えば、サッカーにおける代表選手の人種構成は、その国の人口動態を反映しています。50年ほど前は、フランスやドイツの選手のほとんどを白人が占めていましたが、現在ではその割合は50%程度まで低下し、特にアフリカ系選手の活躍が目立ちます。日本でも外国人労働者の受け入れ促進や国籍取得の緩和が今後進むことが予想されます。
 その後のローマ帝国では、帝国中心地域に労働力や優秀な人材が集中する一方で、辺境地域の社会が崩壊していきました。この空白地帯に侵入したのは、ローマ文明とは相容れないペルシア帝国やゲルマン民族、騎馬遊牧民たちでした。この状況は、国政問題における東京と秋田などの地方自治体の人口動態や、領海侵犯やミサイル発射を繰り返す国々との国際関係における緊張、地方都市で倍増しているクマの出没を想起させます。地中海世界を「ローマの平和」から「中世の混迷」へ導いたローマ帝国の崩壊の原因は、案外と「少子化」に行き着くのかもしれません。
 「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」
というドイツ統一を成し遂げた名宰相ビスマルクの言葉は、現代の私たちに強く響きます。古代ローマの少子化問題から学ぶことは、現代日本が直面している同様の問題に対する貴重な示唆を提供してくれるかもしれません。少子化対策は、税控除や家族手当の増額だけではなく、結婚や出産を奨励する環境づくり、育児コストの軽減、地域コミュニティの再構築、移民政策の見直しといった総合的なアプローチが必要です。
 スウェーデンの事例からも分かるように、一時的な成功に満足せず、持続可能な対策を講じることが重要です。例えば、フランスでは「家族手当」や「父親の育児休暇義務化」といった施策を通じて、比較的出生率の維持に成功しているようです。私たち一人ひとりが「見たい現実」だけでなく、「見たくない現実」を直視し、子供たちに希望に満ちた未来をバトンタッチするために何ができるかを考え、行動していくことが求められています。
 おわりに、印象に残った書籍を紹介させてください。ポール・モーランド著『人口で語る世界史』。近代から現在、そして未来に続く世界人口の爆発、少子高齢化と移民問題、中印の経済発展など、その震源地は200年前の大英帝国に遡るというのです。著者によると、当時の農業革命や産業革命と海運の発達などが爆発的な人口増加を可能とし、公衆衛生や医学、科学の進歩と結びつき、国民国家が形成されて帝国主義が加速しました。二度の世界大戦を経てその余波は現在も続き、今後はアフリカの人口増が続く時代に突入するとのことです。著者は、激変する人口動態がグローバル化した現代世界を形成し続けていること、すなわち政治や社会、国際関係、そして生活の在り方に多大なる影響を及ぼしていること、を示しています。日本だけでなく、多くの国々で共通の課題となっている少子化対策を、近現代の世界史という時間的・空間的マクロスケールで俯瞰的に捉えることができました。
 次は同じ野戦病院で末永く戦友として奮闘してくれている脳神経内科のワッツ志保里先生に執筆をお願いしようと思います。ワッツ先生、よろしくお願いいたします。

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