趣味

けいこレディースクリニック 川上 敬子

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高校同期シリーズでご指名いただきました、医療法人川上医院けいこレディースクリニックの川上敬子です。約25年ぶりに関東から地元秋田に戻ってきました。特に趣味はないので自己紹介の時に困りますが、読書や散歩という何の変哲もないことが好きです。
 秋田の実家では、母が本好きで子ども用の絵本から世界文学全集まで揃った恵まれた環境で、姉は読書家であったように思いますが、私は高校まで暇があれば寝るかぼんやりするかで、あまり読書をしてきませんでした。高卒後にお茶の水女子大学に進学してから本を読み始めて、講義やゼミの講読の課題として他の参考文献のメモを加えたりレジュメにまとめたりして読んだり、当時はインターネットで本を検索したり手に入れることができるという時代ではなく、絶版になっていたり手に入りづらい本や買うには高い本など、自分の大学になければ近隣の大学図書館まで借りに行ったりして、今までの人生で一番本を渉猟した日々でした。休日には一人暮らしの小部屋で長編小説を数日間ベッド上臥位でほとんど寝たきりのように読み通すこともありました。今思えば脱水症が危ぶまれる程度でした。働き始めると、趣味の読書は専ら通勤電車の中になりました。関東圏内で何度か転勤しましたが、長くても片道1時間程度の電車通勤で、幸いなことに大抵は満員電車とは逆方向で乗り換えも少なく、ゆっくり楽しめました。没頭して駅で降りられなくなったら困るので(特に、出勤時に急行から各停への乗り換えが必要な時に乗り過ごしたら大変なことになる)、エッセイや短編小説を選んでいました。小説は、仕事中に上の空にならないように世界に入り込みすぎないもの、読後にあまり暗くならない小説を選んでいました。いくつかの作品を並行して読むのが好きなのと、気が乗らないと全く集中力が持たないので、通勤の時は様々なジャンルから何冊かリュックに入れていました。秋田に戻ってきて通勤が徒歩か自転車になり、読書は診療の合間の隙間時間とか、お昼休みに静かな場所で一人読むことになりました。今思うと、電車内の、周りに人がいて様々な雑音の中で揺れているあの時空間は、集中して本を読むのにちょうど良かったと懐かしいです。大学に入ってすぐ友人に教えてもらってから好きになった大江健三郎の小説は、読み始めるとその世界から抜け出すことが難しいので、自宅で十分に浸る環境を確保できる時に読みます。とても好きな作家で、エッセイは比較的気軽に手に取ることができますが、小説は心の準備が整わないと読み始められず、いつ来るか自分でもよくわからないその気分がやってきたときに読みます。「水死」は何年も前に関東在住時に購入して、積読本コーナーの一冊として秋田までそのまま引越して、先日東京で開催された学会参加の際についに読みたい気分がやってきたので携行しましたが、読書に最適の移動中に寝てしまった上、秋田に戻って気分が消失したため本棚に逆戻りしました。そういえば「燃えあがる緑の木」三部作は、読み終えるまでインターバルを挟み数年かかってしまいました。「水死」はもう少し早めに読了したいと思っています。
 作家にとって印税を考えれば書店で定価購入するのがいいとは思いますが、私は古本屋さんも好きで、数年前に橋本治の「桃尻語訳 枕草子」という、清少納言の「枕草子」を現代女子高生の言葉で翻訳したという面白い本を古本で見つけて購入し、解説がとても充実していてわかりやすい本なので辞書も要らず、電車内で楽しく読めました。もう中高生の時のように古文の試験など関係なくなった私が、純粋に古典を楽しむきっかけになりました。図書館のように本に囲まれて過ごせる温泉付ホテルに泊まった際に出会った最果タヒの「百人一首という感情」は百人一首についてのエッセイで、中高生の頃は百人一首はただ解釈を含めて覚えるだけでしたが、詩人による自由な解釈を読んで、身近で面白い内容だということに気づきました。古典も書かれた時は現代文だという当たり前のことに今更気がついて、古典作品や作者をとても身近に感じるようになりました。高校生の頃に出会えたら古文、漢文、さらには日本史との向き合い方も違ったかもしれない、と残念に思いました。やはり若いうちの読書は大切です。高校卒業と同時に秋田を出て四半世紀ぶりに戻ったので、高校生までの記憶が急に鮮明に戻ることがあり、また診療で中高生の患者さんと接していると当時のことを思い出しては、若い頃に十分身体を動かしてたくさん本を読めばよかったなぁと顧みています。前述のように、私が高校生までの頃はインターネットを通じ個人で簡単に本を購入して自宅に届けてもらうなんていうことは考えられなかったので、本当に便利な時代になったと感慨深いです。しかし、本屋さんや古本屋さんで偶然に目に入って手に取るということもあり、統計でいうところの外れ値のようなものに素晴らしい出会いがあり、検索や検索ワードからの関連では作ることが難しい魅力だと思います。
 字数が余ったので散歩について。私は自他共に認めるほど落ち着きがなく、関東在住時に、心身を落ち着けようと知り合いが住職を務める小田原のお寺に坐禅を習いに行ったことがあります。数時間かけて一対一で習ったのですが、最終的に住職から、私は坐禅よりも散歩の方が向いているのではないかと提案されました。そんなことは言われなくとも、歩き回ると何となく落ち着いて考えがまとまるような感じがするので歩くのが好きです。散歩といっても景色をゆっくり楽しむというより、足に刺激が欲しいのかとにかく歩き回ります。秋田は人工物が少ない景色が楽しめて適度に歩道に凸凹もあるし、千秋公園は芝生に入れるので散歩を楽しめますが、最近は熊が怖くて十分に歩き回れず残念です。以前にボルダリングやウォールクライミングをしていたこともあり、木を登るのが好きなので、人目を気にせずできるようにいつか自宅の庭に登れる木が欲しいと思っています。ただ、年をとって体が重く動きが鈍くなっているので、以前のように身軽にはできないかもしれません。そんな運動不足の中、最近になって偶然再開した幼馴染の親友が自宅で主催するヨガクラスに参加しています。少し体を動かすとやはり気持ちがよく、私より随分年上の方が多いクラスなので難しい動きが少なく、気楽にできています。軽く体を動かすのは好きですがジムで運動するのは苦手で、人見知りもあってなかなか自分から参加することはなかったので、友人のおかげです。一人暮らしの時は自宅でDVDを見ながらピラティスを一時期集中して行っていましたが飽き性のため続かず、今のヨガクラスでは、ヨガの後に友人とランチをしたりお出かけをするという楽しみもあって、これからも続けられそうです。それでは次のリレートークは、高校同期の夫である齋藤芳太郎先生にお願いします。

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