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<春夏秋冬>

発行日2005/05/10
平野いたみのクリニック  平野 勝介
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 もう20年位前の4月初め、学会で京都に行った時、昼休みと言うより昼間からサボって桜見物に出かけた。その趣旨に賛同の医局員の案内で行った先が今思えば京都東山丸山公園の祇園枝垂れ桜だったのです。日頃の行いが良かったのかぴったりの満開に当たり、おかげでその日は大変な人並みでした。桜は好きだが花見の喧騒には毎年ウンザリするのに、その日ばかりは見事な美しさに圧倒されていると、近くから「やあ!やあ!…」とさもこちらを注目しろと言わんばかりの甲高い声が聞こえてきたのです。最初は物売りかと思っていたのが、見ると70歳も半ばの爺さんが嬉しそうな顔で無邪気とも感じる大きな声の関西弁で誰にとも無くしゃべっていたのです。「ちょっと早い、ちょっと遅かったはしょっちゅうやったが、ちょうどええのは今年が初めてや~。」その後ろに奥さんらしき婆さんが控えめに立っていて、少し恥ずかしげにも見えたが、しかし微笑んでいる様にも見え、ゆっくりと小さくうなずく様に静かに桜を見つめていたのです。「はっはっはっはっ」と爺さんの高笑いが響き渡った。
 今年の3月の寒さは秋田だけではなくて、全国的に桜前線の北上が遅れていた。東京都内の開花宣言も3月31日で昨年より13日遅かった。靖国神社の桜で開花を確認して携帯電話で気象庁に報告する職員に、それを囲む多くの人たちから拍手が起きたのがニュースで放映されていた。誰しも春を待望し、その訪れを桜で実感しているのが分かる。
 桜の思い出は開花の時期もあるのだろう、人生の節目に間違いなく度々登場して来て、今年も満開の桜の記憶が甦った。
 3年前、死の淵を彷裡った8ヶ月の闘病生活を終え、ふらつく足で退院してまもなく、再び桜を観られる喜びを教えた近所の公園の数本の桜。秋田大学の受験が終わった日の手形キャンパスの桜。受験生だった頃、雨の日の夕方に白い灯りの様に見えた駅裏の桜。私立中学の入学式で見た桜。そしてY市のK幼稚園に入園したころにK川の土手で見た色槌せた記憶の桜にまでたどり着く。その桜は当時、私の背丈の2~3倍の高さしかなく、花も数える程で、両脇を2本の木で支えられていた。それが今は大木に成長してY市の桜の名所になり、その土手の1キロ近くに見事な桜並木を作っている。
 あの日、祇園枝垂れ桜で見た婆さんは、はしゃぐ爺さんと共に歩んできた人生を桜に通してじっと見つめていたのではないだろうか。人生には幾多の喜びや悲しみがあり、それらを越えてたどり着く至福の光景をあの日目撃したのかもしれない。
 幼稚園から50年、K川の桜を私はあの老夫婦の様な気持ちでまだ観ることは出来ない。
 もう20年位一生懸命に生きれば、一瞬でもあの様な境地に至れるのだろうか。
 
 春夏秋冬 <桜> から