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<春夏秋冬>

発行日2004/11/10
阿部クリニック  阿部 豊彦
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フラミンガムの誇り
 
 EBM全盛の昨今であるが、循環器領域の草分け的研究としてFramingham Heart Studyが有名である。1948年にアメリカの小さな町フラミンガムで開始された前向きコホート研究で、冠動脈疾患の危険因子を明らかとし、現在のmultiple risk factorsの概念につながった。私も医学生として講義を受けた頃から現在に至るまで深く恩恵に与っている。
 ところが、最近出会った「世界の心臓を救った町-フラミンガム研究の55年」(嶋康晃著、ライフサイエンス出版)は少なからず衝撃的だった。内容を紹介させていただく。
 第二次世界大戦の終戦直後に調査が始められたが、その背景には、モータリゼーション、ファストフードなど、当時の日本とは対照的な豊かなライフスタイルヘの変化があったとされる。心血管系死亡が急速に増加し、感染症に代わって死因第1位となっていた。その発症因子を解明すべく国家プロジェクトとしてNIHが直轄して同研究が開始された。フラミンガムはNIHにほど近いボストン近郊、3万人弱の人口動態の安定した町であった。
 当初、調査対象として無作為に住民抽出がなされたが、予想外に住民の参加登録は難航した。これに対し、広告、啓蒙活動に加え、各地区の組織作りによる”町をあげての事業”を広める努力が続けられた。その結果、5209人を対象に調査を開始することができたが、さらに特筆すべきはその高い追跡率(30年で脱落率わずかに3%〉とこれを支えるスタッフの努力である。コーディネーターは各参加者に連絡を取り合い、追跡調査へのアプローチを続けた。医師側も参加者の便宜を最大に計らい、感謝の気持ちを常に表現した。こうして参加者は町から移り住んでも2年ごとの追跡調査のために例え海外からでも帰省し、クリスマスなどの休暇中でも受診できた。また高齢で受診できない者に対しては医師の出張診察がなされた。
 その後、膨大なエビデンスが集積され、世界中に与えたインパクトは周知の如くである。当初には研究への理解が得られなかった参加者にも次第に研究への誇りが芽生えていった。参加者が旅行先で現地の医療機関を受診した際など、「え!あのフラミンガム研究の参加者」との尊敬の対応も稀でなかったという。現在では、初代参加者の子孫が積極的に次世代の調査に加わっている。
 日本でもその後、久山町研究がなされており、担当者のご努力は大変であったろう。しかし、これほど繊細に参加者本位に行われ、参加者に誇りを与え得た研究が他にあったろうか。しかも半世紀も前に行われていたのである。
読み進むにつれ、前胸部の絞扼される思いが広がった。


 
 春夏秋冬 <フラミンガムの誇り> から