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<春夏秋冬>

発行日2021/10/10
秋田厚生医療センター  木村 愛彦
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五輪ロス
 
 ○○ロス、××ロスといった表現を良く聞く。英語のloss の意味をとった喪失感のことである。もともとは飼っていた動物との別れによる心身のダメージの時に使われる心理学用語の「ペットロス症候群」に由来するとされる。これが2013年の朝の連続ドラマ「あまちゃん」の放送終了後の喪失感を「あまロス」とだれかが言い始めたことに端を発し、広く転用されるようになったらしい。最近では人気番組の終了、芸能人の結婚、引退の時などをはじめ、様々な場面で用いられている。元来、「対象喪失」に伴う重大な心身の状態であることを考えるとかなり軽い使い方になっているが、誰もが感じたことがある感情、ニュアンスを一言で伝えられる面白い言葉だと思っている。
 自身もこのロスにはめっぽう弱い。つまり未練がましい性格なのだが、部活ロス、卒業ロス、番組ロスもありで一度陥るとなかなか立ち直れない。
 ところが以前なら、終了した後、いつまでも引きずってしまう「五輪ロス」だが今回は違った。会期中は当然日本人選手の活躍を応援し、史上最多のメダル獲得に歓喜する毎日だった。しかし、人類屈指のビッグイベントが終わった寂寥感を感じるのはわずか数時間だった。それはやはり、今回の東京2020は異常な状況での開催だったからだろう。コロナ禍での多数の反対を押し切っての開催、無観客での競技の実行、開会式直前での差別言動による組織委員長、イベントスタッフの解任などなど。コロナ禍以前からも、国立競技場の設計の白紙撤回、ロゴマークの盗用などお粗末な面が多かった。
 また、東京への誘致の際から「復興五輪」がメインテーマであったはずだった。しかし、大会を通じて復興庁が掲げる世界中からの支援への感謝、被災地や復興への理解、共感、関心を深めてもらうことによる復興の後押しなどは全く感じられなかったことも、後に残るメッセージ性が少ない大会であった原因と思われる。東日本大震災の翌年の箱根駅伝、山登りの5区を区間賞でゴールを決めた柏原選手は、往路優勝のインタビューで「僕は苦しかったけど、被災した人の苦しみに比べたら1時間ちょっとの僕の苦しみなんか大したことはない、そういう気持ちで走った」と語った。スポーツ史に残る素晴らしいコメントだと思った。今回の東京五輪でのメダリストたちは、口々にコロナ禍での開催や支援者に対する感謝を述べていた。それはそれで素晴らしいが、柏原選手のような被災地に思いを寄せるような言葉がほとんど聞かれなかったことは残念に思った。
 しっかりしたコンセプトのもと、誰もが感動し、後々までなかなかロスから立ち上がれないような熱量の高いオリンピックが行われるような世の中になることを願うばかりである。
 
 春夏秋冬 <五輪ロス> から