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<春夏秋冬>

発行日2018/02/10
秋田赤十字病院  下田 直威
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学生時代
 
  2月号巻末を汚すこの駄文をしたためる今は1月。寒中お見舞い申し上げます。特集の座談会「医師人生の節目」は昨年11月のこと。秋大医学部一・二期生の大先輩を迎えて話を伺ったわけだが、創設初期の話は、ちょうど10年下にあたる11期生の小生にも「そんなでしたねー」と共感できたり、あるいはすでに伝説だったり。やはり10年違えば環境も相当に変わっていたのだと推察する。平成の御代もあと1年余り。さらに遠くなる昭和の学生時代を懐かしく思い出す。
  小生は昭和55年入学。入学式は手形の体育館で行われ、オリエンテーションは男鹿温泉一泊。説明会のあとは当然の如く宴会(今じゃ考えられませんね)。花見も大学生協と千秋公園で大宴会した記憶(証拠写真)がある。1年生は純粋に教養科目のみのため手形地区の喫茶店、特に今はなき「余燃館」には随分貢献した(ネーミングがグッドですね)。小生も当初は一応部活に所属したが、どちらかというとフリーを謳歌し、友人がらみの合コンによく参加した。サントリーホワイトの水割とカラオケ。もんた&ブラザーズの「ダンシング・オールナイト」、シャネルズの「ランナウェイ」なんか歌って盛り上がっていた。歌謡曲からニューミュージックの時代だったが、なぜか都はるみの「大阪しぐれ」が十八番。自宅生だったので夜間活動では友人の下宿やアパートにお世話になった。当時、広面の裏街道にはまだまだ田圃が多く、月夜にカエルや虫の鳴き声が響き渡っていた。やがて基礎医学講義が始まり、3年になって解剖実習が始まると、医学生の実感がようやく高まり、しばらくは熱心に夜遅くまで実習に打ち込んだが、次第に実習外の気晴らし行動も多くなり、火曜サスペンス劇場にはまり、岩崎宏美の「マドンナたちのララバイ」。中島みゆきの「悪女」にのって夜の街を彷徨した。4年の時、あろうことか原田知世初演「時をかける少女」に魂を奪われ、映画館に5回も通った(変態ですかね)。臨床実習主体となった5-6年では、国家試験対策に有志で勉強会をつくり、週に2-3回持ち回りで問題集「鑑別と診断」を精読した。女子学生も取り込んだことが幸いしてか、かなり真面目に最後まで崩れずに継続でき、結果的によかった。さすがに遊んでばかりもいられない時期だが、夏休みには皆で海水浴に行ったりしたことが懐かしい。時代は中森明菜やチェッカーズが全盛だったが、小生はブルース・スプリングスティーンに傾倒した。
  大学卒業、就職してからは、心に刻まれた曲もわずかばかりとなったが、まあアラサーまでは長渕剛で生きた。学生時代の曲は今でも空で歌うことができる。感受性豊かな時期、将来未定で心が揺れ動いていた時期の思い出が、心を震わせた歌曲をBGMに残る。流されない生き方を求めつつも、我々みなその時代の世相・流行の中で生きている。それはその時にしかない光。忘れまいと思う今日この頃です。
 
 春夏秋冬 <学生時代> から