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<春夏秋冬>

発行日2015/08/10
平野いたみのクリニック  平野 勝介
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真夏の夜の夢
 
 梅雨空け直後の暑い日だったが、松本城天守閣には心地良い風が流れていた。何を喋ったのか、全く覚えていない。恐らく何も喋らずに黙っていたのだろう。松本城の急な階段を上がり、涼しい風に何か安堵して腰を下ろし、ただ互いに目を見ていたような記憶しかない。ゆったりとして時が流れて行った。忙しなく松本駅で別れた時も結局、何も話せなかった。
 「結婚するために東京へ行きます」「えっ」
東京へ遊びに行くと思い、夜行寝台急行まで見送りに来た。機関車の暑さが無性に気になる暑い夜だった。荷物を車内の荷物置き場まで運んであげて、ホームに戻って来た時の言葉である。絶句したまましばらく顔を見ていたら、出発のベルが鳴った。列車が動き始めた時、その人は、一旦体を列車の中に隠し、そして顔を出して言った。「行きたくない」やっとの思いで出た言葉の様だった。「下りろ。下りろよ」叫びながら列車と共にホームの端まで走った。その人はもちろん飛び下りることは無く、最後はサカサカと手を振った。列車の赤い灯が見えなくなるまでホームの端に佇んでいた。その夜、秋田駅前でチンピラにからまれた。
 今で言う「合コン」だったのだろう。英会話やダンスを趣味にしている少し年上の女性を誘ってみた。合コンと言っても6人程の少人数で「ラストツーダラー」なる店に行った。本当は「ラストツー↑ダラー」と発音するんだよね。と言った言葉に変に感心してしまった。ダンスも出来る店で、私はダンスが出来ると言ってあったのでブルースやジルバ位は踊ったと思う。一次会でお開きとなり、歩いて帰ると言う彼女を送って行くことにした。学生時代、タクシーを使うなどは考えられず、移動は歩くのが普通だった。
 川反から竿灯大通りを2人で歩いた。生温かい風が吹いていた。山王十字路を越えた時、秋田銀行本店の玄関前の街路灯の下の舗道を指さして、「ここでワルツを踊ろうよ」と急に言い出した。あいにく私のワルツは基本ステップしか出来なかった。少し照れながら「ここじゃあ恥ずかしいよ」言い訳をしてその場を逃げた後ろめたさから、今度は無言で歩き始めた。県庁を左に折れてしばらく歩いた後、「家まですぐなので、ここで良いよ」ワルツの事が頭から離れなかったので、「じゃあ、お休み」とだけ言ってスッと踵を返して歩いて離れた。100m位歩いて振り向いたら、その人は灯りの下でこちらを見ていた。大きく手を振ったら、その人は小さく手を振り返した。ワルツの一件でその後、声をかけることはなかった。
 夏になると時々思い出す学生時代の頃の人生を季節に例えるとまさに夏の時代の遠い記憶の中の忘れかけている、本当にあったのかも不明の些細な想い出。そう真夏の夜の夢・・・。
 
 春夏秋冬 <真夏の夜の夢> から