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<春夏秋冬>

発行日2009/06/10
平野いたみのクリニック  平野 勝介
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尊 厳 死
 
 心の痛みも含めた痛み(トータルペイン)を除去すれば安楽死は不要である。尊厳死は『必要以上の延命措置を受けず、人間らしい最後を全うしよう』とするもので、終末期には必要であると人に話してきた。
 今年の1月、実家(三重)の父が死んだ。糖尿病から腎不全となり4年前に透析が開始された。入院当日まで医師として仕事をし、その日も早朝に40km程度、高速道路を運転して自分の医院へ出勤している。
 入院当初より心不全も増悪したが、透析施行後、心機能は全く正常化した。相当ギリギリの状態まで仕事をしていたと推測される。医院を閉じて実家の隣の病院で透析治療を続けた。親不孝のつけの一部でも返すつもりで2ヶ月に1度くらい土日を利用して三重に帰ったが、この様な状況下でも感心するほど頑固さが変わらない。
 昨年(平成20年)10月2日の透析後、院内で食事中に誤嚥して心停止となり、蘇生には成功したが意識不明の危篤状態になった。その夜に駆けつけて以来、当初は1週間に1度、その後も2週間に1度、三重まで通った。かなり早い時期、連休の土曜の夜に帰る予定にしていたら、腎内科の主治医から夜まで待っているので相談したいとの連絡が来た。
 『透析は助けるために行うもので、止めたい』覚悟はしていた。『2日間考えて答えて欲しい』考える振りの、自分を納得させるだけの長い2日間を経て、母と一緒に面会して主治医に『止めて下さい』。次々と涙が溢れてきた。
 そして1週間後には結末を迎えるはずだった。所が、50mℓ/D前後だった尿量が500~600mℓ/Dと出始めたのである。何故なのか、主治医も明解な説明が出来ないのだから一介の麻酔科医に分かる訳がない。少なくとも父は生きる意志を示したのである。
 患者の家族とは言え、私と主治医の2人の医師が次の手段を講じたなら、尊厳死ではなく限りなく殺人に近い行為ではないだろうか。
 その頃、病院食での誤嚥だから、医療ミスではないかと母やかなり近親のものが考えているのを知った。入院中の高齢者の誤嚥を医療ミスとする医療訴訟が昨今あまりに多くて腹立たしい。誤嚥は明らかな個人責任である。この様な話が医療者側に伝われば医師である父の尊厳に係わる問題である。医療ミスでない事を1ヶ月以上、帰る度に説明と言うより繰り返し説得してまわった。一応の理解は得られたみたいだが、見舞いとは患者の尊厳を守るためだと考えた時、尊厳死に関わる医師の役割など本当は少なく、家族の関わりの方がずっと多いと気が付いた。
 反面教師で口喧嘩ばかりだった父は100日間の闘病の末、幾つかの無言の教えを残して旅立った。透析中止に同意した日、麻酔科医として父に何かしなければと思い看護婦さんにお願いして、アンビューバックを3回押させてもらった。
 本当に柔らかい肺だった。

 
 春夏秋冬 <尊 厳 死> から