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<春夏秋冬>

発行日2008/11/10
平野いたみのクリニック  平野 勝介
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スタート1分前
 
 ただでさえ緊張するスタート直前、特にロードレースや駅伝1区でこれがコールされると、緊張は一気に高まり手指は細かく震えて咳き込み、恐らく顔面は蒼白になっているのだろう。
 小学校の頃は運動会が嫌いだった。当時は娯楽が少なかったからか、父兄だけでなく多くの近在の人たちが前日から席取までして集まった。そんな中で行う徒競走でいつもビリになるからである。一度、ビリのうえに転んでしまい涙目でゴールしたが、この時だけは間違いなく悔しかった。風邪を引けば休めるかと思い、布団を掛けずに寝てみたが、夜中に祖母が布団をそっと2枚も掛けてくれていた。不思議と仮病を使う知恵はなかった様だ。 
 中学1年の秋、私の人生の恩師と仰ぐ担任から職員室に呼ばれ、実社会では体力が必要であると熱く説かれた。得心して担任が顧問をする陸上部へ何となく入部したが、運動神経の鈍さから長距離部門以外は邪魔扱いだった。翌年の春、地区大会に出ることになって初めて、これは運動会であると気付き、『何故、好き好んで…』と悔やみに悔やんだ。高校でも、かなり迷った末に陸上部へ入部した。弱いクラブだと思い込んでしまった理由は未だに不明だが、実は男女共、あるいは、いずれかが常に県で団体3位以内に入る強豪であった。入学1ヶ月後にはエントリーされてしまい、ほとんど半泣きの状態になったが、さりとて退部するわけでもなく、そのうち面白味も分かり、浪人や大学、そして卒業後も時間を見つけて練習を続けた。
 この緊張感は万全の練習で調整が上手くいき絶好調の時ほど強く、逆に調子が悪くてやる気がない時は弱いことが分かった。これは他のどの競技でも同様だろうし、実社会でも繰り返し経験することである。そして知らぬうちに緊張感を集中力に変えて行く術を身につけて行った。
 少し前、順位が付くのはよろしくない、とかの理由で、徒競争を止めた小学校があると聞いた。私が子供なら、単に緊張からの逃避だと気付かず、ただ素直に喜んだことだろう。 
 研修医指導者講習会で、ある対象物の説明を研修医に言葉だけで理解させるトレーニングをさせられたと聞いた。怒ってはいけないのだそうだ。
 何処かの国の人権教育みたいなことをやっていて大丈夫なのだろうか。
 40歳を過ぎた頃、あるロードレースのスタート直前、遠くで静かにうねる様に揺れる木々の緑の美しさに気付き、以来このしばしの緊張に『生』を実感する様になった。
 奇跡的に大病を克服して社会復帰し、徐々に体力が回復してきたら、『生』を実感してみたくなり、市内で開催されるロードレースの短い距離にエントリーした。
 懐かしい緊張感で『スタート1分前』がコールされた時、中学の担任の顔が真っ先に浮かんできた。
 
 春夏秋冬 <スタート1分前> から