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<春夏秋冬>

発行日2006/11/10
渡辺耳鼻咽喉科医院  渡辺  仁
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おむすび
 
 共済会主催の講演会『ストップ自殺…おむすびの力』に参加したときのことである。おむすびを作っている女性の姿を見て『このおむすび、食べたい』と思った。最近妙に硬くなっていた自分の顔の筋肉が緩んでいることを感じた。子供の頃のような『これ、食べたい』という思いだけがあった。短い時間に食
べ物を胃袋に詰め込む生活をしていた自分にはしばらく感じていなかった感覚である。
 この女性佐藤初女さんは84歳、青森県岩木山の麓に「森のイスキア」を開設し、助けを求めて訪れる人々を受け入れて心をこめた料理でもてなし、生活を共にしているとのことである。病院や、施設、その他色々なところで国内にとどまらず講演活動を行っており、1995年にはドキュメンタリー映画「地球交響曲第2番」(21世紀の到来を前に、母なる星・地球の未来にとって、示唆にあふれたメッセージをもつ人々をドキュメント)でダライラマと共に素晴らしい未来を築きつつある人達として取り上げられている。
 『海苔は2つに折り、はじの1~2cmを折って切り取ります。最終的に正方形の海苔を…。』と説明しながら、ゆっくりと丁寧に作り上げていく。50名を超える聴衆が立ち上がって、出来上がるおむすびを見つめている。5個のおむすびが出来上がり、スタッフの方が事前に作って下さったものと合わせて一人1個だけのご相伴に預かった。不思議な光景であった。講演会に来た全ての人が微笑んでいた。それぞれの参加者が、皆それぞれ自分なりの理屈でこのおむすびを肯定していた。ミネラルたくさんの海の塩、栄養分がたっぷりの海苔と、おむすびに最適の米のたき方、出来上がったおむすびの呼吸を妨げない保存法。私は、何よりも丁寧に心をこめて作り上げられていく1個1個のおむすびに懐かしさを覚えた。
 その時、小学校中学年時代にタイムスリップしていたような気がする。控えめで、あまり多くを語らなかった自分の祖母の姿を思い出していた。母と一緒に作り上げてくれるおむすびを、「1個だけ、今、頂戴」とせがんでいた自分がそこにいた。結果おむすび11個を平らげ、食べすぎと運動不足による肥満のため、鉄棒の懸垂0回、長距離走は常にビリという自分がいた。40年前にタイムスリップして、肥満症の自分は、大嫌いだった体育の授業があっても、おいしく炊き上げられたご飯と、梅干、海苔それだけで幸せだったことを思い出す。森のイスキアで救われる方たちのことが、少しだけ理解できたような気がした。
 数日を経て、また自分の顔は緊張しているが、ふとあのおむすびを思い出したときに、ほころんでいる自分の顔に安心感を覚える。このような企画に感謝したい。
 
 春夏秋冬 <おむすび> から