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<春夏秋冬>

発行日2006/06/10
秋田県成人病医療センター  阿部 芳久
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ダ・ヴィンチにはなれなくても
 
 どんな人がうらやましいか。絵のうまい人である。
 ニワトリの絵を課題に出されて、4本足の何やらわけの分からぬ生き物を描いてしまう観察眼の全くない人間にとって、サラサラと筆を動かせる人をみただけで天才だと叫んでしまうのだ。
 医学部に入るといろんな絵を描かされる。顕微鏡を眺めながらスケッチした寄生虫の卵、あれは何だったんだと思ってしまうのだが、これ一つとっても上手・下手があるもので、芸術的な卵を描く同級生の横で、どうしても落書きにしか見えない変形した楕円形を数で勝負だとばかりに描いたものだ。カルテの中の外科医の手になる美しい手術所見を見ては、内科系ならあまり絵を描かなくてもいいのではという潜在的な意識が、その後の進む道を決めてしまったのかもしれない。
 しかしである。内科医であろうと医者にとって絵はとても大切なのだと思う。不整脈、狭心症、心筋梗塞などの病気、そしてその治療法を教科書的な言葉の羅列で患者さんやご家族に説明するのは至難の業である。そこでヴィジュアルの登場である。とは言っても、雪だるまかテルテル坊主のようなものが登場するのだが。ムンテラしながらこれが心臓に変身していく。そして言葉を継ぎ足していく。こうして言葉だけでは不可能な、より具体的なイメージが伝わればと思うのだ。
 さて、レオナルド・ダ・ヴィンチである。どこの書店に行っても映画の公開に合わせて「ダ・ヴィンチ・コード」が平積みである。日本だけでも880万部、全世界では6千万部の売り上げだそうだ。(これからの人には、少々値は張るのだが関連した絵や写真がいっぱいのヴィジュアル愛蔵版がお薦め。文字だけの本と比べて理解の度合いが違うのだ。)このダ・ヴィンチは人体解剖図を残している。先日イギリス王室・ウィンザー城王立図書館所蔵の図譜を入手する機会があった。解剖学の歴史には登場しないがその出来栄えは、すばらしい。心臓や脈管の図を見ていると、彼がもう少し生きていたなら、1世紀後のハーヴェイまで待たなくても血液循環は発見されていたのではと思ってしまう。同じ体表の静脈の絵でも前期と比べて後期のものには圧倒的な情報が含まれている。解剖を繰り返し、理解した頭で描いたからだろう。肢体を描く時は最初に骨を描きなさいという現在では陳腐な決まり文句となっているルネッサンスの絵画論は今も真実なのだ。奥の深い知識に基づく単純な絵で分かりやすく説明できるようになりたいものだ。
 色鉛筆で描くチンケな絵でも、説明の後でその絵がほしいと言ってくれる奇特な方がいるものだ。これ以上は描けないくせに、あげるんだったらもっと丁寧に描けばよかったな一などと言いながらニンヤリしてしまう。そして思うのだ。外科医になりゃよかったかな。
                                        
 
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