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<春夏秋冬>

発行日2002/04/10
渡辺耳鼻咽喉科医院  渡辺 仁
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ある待合室での会話
 
 我が家には4年前から3男坊としてダックスフンドがいるが、つい先日、痙攣を起こし動物病院を受診、 胸部Xp、心電図、血液検査ではっきりした異常なく、癲癇のようなものとの診断。CTその他これ以上の検査については東京の大学病院に行かなければできないとの事、そこまでは出来ず、症状経過を見ながらの診 断治療ということでお願いし、通院することとなった。
 仕事が終わって連れて行ってみると、とにかく混んでいる。6時30分くらいの受付が1時間は待たなければいけない。待つだけで疲れる、うちの待合室はこれほどではないにせよ患者さんには大分迷惑をかけているなどと思いながら、患者さんの家族の会話が耳に入つてくる。この子どうしたんですか、から始まり苦労話が始まった。
 「この子は末期と言われたんですよ。主人は何処かに捨てて来いと言うんだけど、出来ないものね。命だもの、犬も最後まで見てあげないと、命だものね。私自身こんなに年取ってしまって、面倒見るのは大変なのに、だけど頼まれるとかわいそうで、育てることにしてしまうんだよね。いつも自分のことも考えろ、って怒られるんだけど、かわいいものね。」という老婆の膝には鎮痛剤の効果かぐっすり眠っている、やせこ けた犬。「そうだよ、安楽死なんかだめだよ、命だもの、おばあちゃん、きっとおばちゃんにはいいことあるよ。だけどこの子たちがおばあちゃんの気持ちを癒してくれることもあるんじゃない。」中年のご婦人が受け答えしている。
 「ハナは去年までは病気にもなったことないし、それが今年になって近所にたむろしている野良猫に噛まれてね、家に3匹いるんだけれども、ゴロはハナが好きだから怒って出て行ったらそれもだものね、今年に入って猫3匹で治療費40万円、手術は大変だよ。いつも治療費のためと思ってネコ預金してたんだけど、とっくに底をついてしまってどうしたらいいだろうね。主人とネコの話になると、どうせやめろといわれるからそんな話になると、口を利かないようにしているんだ。」ケージの中にはばんそうこうだらけのネコが寝ている。
 どちらかというといつもはペットの精報交換、楽しい会話の多いこの待合室でこんな話を耳にして驚いた。動物病院の診療費に関しては、実際に支払ってみて、人間とほとんど同じと思える。決定的に違うのは、保険制度のないこと(個別に入ることは出来るがほとんどの方は入っていない)。ペットをこよなく愛する人々にとってこの程度の出費はたいしたことではないのかもしれないが、実際重なってくると堪える。命だもの、とわが身を削って尊いこのかわいい命を支えようとするが、肉体的にも、経済的にも負損の大きいことは確かで、その苦労は計り知れないように思えた。今のペットブームは、孤立化していく人間がやさしさを取り戻すことの出来る一つの手段としての価値があるようにも思える。
 現実として、我々の身の回リ、我々の診療所の待合室でどのような会話が行われているのだろうか。保険制度が診療所、そして患者さんに対しての負担を徐々に大きくしていく中、この子は生きているんだもの、命だものというような会話だけは聞きたくない。患者さん本人、そしてさらにはそれを支える人々の負担、多くを考えさせられた待含室での時間。
 幸い我が家の3男坊(愛犬)はその後経過良好で、通常の生活に戻ることができた。本当に我が子のことであれば東京の大学病院で検査を受けたのであろうと思い、申し訳ない気持ちを持ちながら、出来るだけ尽くしてあげたいと思う。多くの幸せを与えてくれる愛犬に感謝しながら毎日散歩のお付き含い、これも私の日課。
 
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