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<ペンリレー>

発行日2003/06/10
介護老人保健施設 ふれ愛の里  進藤和夫
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介護老人保健施設に勤めて
 
 勤めてからまる3年を過ぎた。仕事にも少しずつ慣れてきたが、結構、きつい職業ではある。何故?というような、介護老人保健施設、いわゆる、老健施設の抱える諸問題について述べるのはここでは避ける。ただ、望外の収穫もあった。それは、入所のご老人達の過去を知るにつれ、私の想像も及ばない不思議な社会や人生の在ることを知ったことだ。本当に驚いてしまう。何を今更、と言われるかもしれぬが、すくなくとも、公務員勤務医者の私が辿った人生とは接点の無い世界だ。気の毒という点では、年とって涙腺の緩んできた私は、聞いていて何度涙を流したことだろうか。また一方では、なんでこんなちゃらんぽらんな生活が許されてきたのかと、呆れるばかりの者もいる。
 入所するにはかなり綿密な調査や手続きを踏むのだが、最近、その網の目をかいくぐった、とんでもない入所者に遭遇した。相談員が連れてきたその男は、68歳で生活保護を受けており独り身だった。面接してみるとどうも酒臭い。赤ら顔というよりは熟柿面だ。問い詰めると、”実は、今朝の二時まで友人と別れの酒を酌み交わしていたので、多少、二日酔いしていまず”と言うではないか。案内してきた若い女性の相談員は、”道理で一寸おかしいと思いました”という。彼女の手がけたケースに傷のつくのが恐がったのかも知れない。改めて、医師の診断書を含めたこれまでの資料全部に目を通すと、既往歴に”アルコール症があったが今は断酒している”とある。そして、軽度の痴呆があり独居は極めて困難という意見が付されていた。加えて、相談員達の訪問評価も温厚、素直、明るいと最大級のものだった。そこで、酔いが醒めてから詳しい事情をきくことにしたが、赤い顔をして所内を歩かれては困るので、取り敢えず診察室のベッドにやすませた。午後も大分経ったら、むっくり起き上がって小便をしたいという。小便をし終わったら今度はのどが乾いたから水を飲ませてくれとのことだ。いい加減に振り回されているようで癪だったが、俺だって若い頃は酒の上ではさんざん他人様に迷惑をかけたという引け目があるし、この男は何となく憎めない感じもしたので、じっと我慢した。さて、本格的に訊問にとりかかったら、男は急にしおらしくなって、”今のアパートは間もなく取り壊されるし、飼っていた愛犬サンダーも友人に譲ってしまったので帰る所が無い。これからは絶対に飲まないから何とか許して下さい”と平身低頭だ。そこまで言われれば気の毒になって、今後、一滴でも飲めば、即、退所にするということにした。入所してからの態度は好人物でスタッフ達からの得点も上々である。一日も早く住環境が整えられ、適当な監督者というか、助言者がみつかって社会復帰させたいものと願っている。
 この人物には後日談がある。入所するには勿論保護者が必要であり、この男の保護者は実姉の夫という方だった。これまでの詳しい事情を聞き、そして入所後の状況を説明する為にその方に來所を求めたら、妻は最近亡くなったのでもはや保護を引き受ける義理は無い、辞退する、との一方的強硬な主張である。酒のみの義理の舎弟とは一日も早く縁を切りたいという思いが見え見えだ。これでは無理に問答しても無駄だと思い、相談員に新しく保護者になる人を探すように頼んだ。そこで我が相談員(当施設のケアマネジャーで実に有能だ。)が早速見つけてきた保護者には恐れ入った。酒飲みの夫に愛想をつかして別れた前の奥さんではないか。相談員が何と言って承知させたかは知らないが、こんなことってあるのと、耳と目を疑った。お目に掛かった前妻の方は、如何にも生活の苦しさが惨み出ているような人だった。多分、離婚したとはいえ前夫の苦境を見かねて保護の任を引き受けたのだろう。私は、人間の善意の無限さを感じ、例によって、危うく涙を流しそうだった。ところが、である。私からこの超美談を聞いたある人物は、何がそんなに感心なのかと言わんばかりの顔で一言、”生活保護費の管理を任せられますからな。これは大きいですよ”だと。鳴呼、人間何を信じればよいのか。
 次のペンリレーは、当施設の近所でご開業の木村衛先生にお願いした。先生はご承知の通り循環器専門医であり、施設の診療顧問として月二回の回診を引き受けて下さっている。そして、私の不在のおりには何かとスタッフの相談に乗って頂いている方です。
 
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