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<ペンリレー>

発行日2003/04/10
市立秋田総合病院  添野武彦
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困った秋田弁・世界に誇る秋田弁
 
 『先生は何処の出身ですか?』私にとって答に難儀な質問である。本籍と出生地と育った場所がそれぞれ異なるからである。しかし、秋田市で小学校半ばから暮らしているので、この頃は秋田出身です、と答えている。そんな中途半端な秋田人の私が感じた方言について、今回は放言してみたい。
 秋田の人は秋田弁を恥ずかしがって、他所では仲々話そうとしない。しかし、秋田弁と一概に一括すること勿れ。札幌で学生時代を過ごしたが、幸か不幸か、私は6年と1ヵ月秋田県人寮(秋田北盟寮)で暮らした。寮生45人くらいの中規模の寮で、毎年、北大生を中心に10名ぐらいが県内各地から集まった。すると、秋田市だけでも内町・外町それに土崎などで多少言葉が違っていたのに、何とも聞いたこともないアクセント、言葉が入り乱れて話されているではないか。居乍らにして県内の言葉をじっくりと学ぶことが出来、卒後帰郷して医師の仕事をするときに、患者さんの話を聞き取るのに大変役に立った。
 さて本題に戻るが、まず、困った秋田弁から。 医師になって数年が経って、一人で患者さんを任されていた頃、○○ツマ子さんという患者さんを受け持った。悪性腫瘍でお亡くなりになったので、いつものとおり死亡診断書を書いてご遺族の方に説明した後手渡した。受け取った方も、全て納得され書類を持ち帰り、除籍手続きに役場に行った。ところが、ここで前代未聞の珍事が起こった。戸籍係は書類を受けて、台帳と照合し始めた。ところが!ところがである!そんな方は戸籍上存在しないという!○○チマ子さんなら居る、というのである。遺族は慌てて死亡診断書を持ち帰り、私に説明した。仕方がないので改めて書き直した。死亡診断書の個人名が違っていて書き直したのは、後にも前にもこの1回である。入院中は枕元の名札も、カルテの名前も、入院手続きも全て○○ツマ子であり、看護婦・医師の呼び掛けも「○○ツマ子さん」であって、本人はもとより、家族も何ら異議を挟まなかった。思うに、ここに秋田弁の難しさ、困った一面が出たのではないかと思う。この方は当時50歳代半ばの方であった。だから当然、生年月日は大正時代である。すると、出生届が役場の係員に口頭で行なわれたのではないか、と想像できる。秋田弁を御存知の方ならば、「チ」と「ツ」の発音区別が非常に暖昧で難しいことに気付くであろう。「土崎」を早口で地元の人に発音させればよく分かる。ここに、出生届に行った親御さん(または親戚の人)と、係員の間の発音と聴き取りのズレ、または、係員の発音と書面に記載する時の、自分の音の認識と表記のズレがおこったものと想像される。要するに、文章に表記するには非常に難しい音が、会話の中では行き交っているのである。
 それでは逆に世界に誇る秋田弁について。いままで述べてきたのと全く逆に、この非常に暖昧な音が、外国語を聴き取り、発音するのには極めて都合が良い。思い起こしてもらいたい。中学校で初めてアルファベットを習い始める。その発音だが、「C」は「シー」と標準語で発音すると、英語の教師から必ず訂正される。「スィー」と言いなさいと。また「it」の場合「イット」というと、英語を母国語とする人はもとより・日本人の英語教師からも直される。「それはイと工の中間でイェットゥと言うんだよ」と。さらにこれに「is」が続いている場合、「イズ=伊豆」のように言うと、またまた軽蔑されたような注意が飛んでくる。「イェズ」です。何のことはない、日頃話し慣れている秋田弁で、少しダレたように、やや鼻に掛ったように「イ」の発音から、僅かに入っている「ウ」の音を抜いて言えばいいのである。
 中国語の曖昧な中間音然り、ドイツ語のA,U、Oの上にウムラウト(「・・」)の付いた音(エー・イー・エーのよう聞こえる)然り、そして少し横文字を早く読んでいくと、何と日本語の標準語と違った響きであることが良く判る。青森弁がフランス語に近いと言うのであれば・秋田弁はオールマイテイー。中国から泰西各国の言葉までカバー出来る国際語である。
 秋田弁大いに誇るべし!国内で決して臆することはない。
 TPOに応じて使い分けさえずれば。
 次は・第一外科医局の仲間で同じ誕生日の、水沢医院の水沢広和先生にお願いします。
 
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