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<ペンリレー>

発行日2002/08/10
秋田緑ヶ丘病院  高田敏郎
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失われた時を求めて
 
 朝日新聞の'時のかたち'投稿欄に私の知人がしばしば投稿する。其れ以来、この欄を注意して読むことにした。天声人語と共に大学受験論文に活用されると推考している。
 過日、或る作家が投稿した論文にいたく感銘した。其の作家は、最近覇気が無く、無為無策の放心状態が続き、何とかしなければと焦燥感にかられていた。色々と試行錯誤の末、日本人は過去の重大な事件をいとも簡単に忘却し過ぎる。例えば、20世紀から21世紀にかけて生きてきている自分は、アメリカのケネディー大統領の暗殺、そして犯人は不明の件、又最近のニューヨークの同時多発テロ事件等、何れも程なく忘却されるであろうと。
 これからは過去の大きな事件を糧として自分の人生行路を組み立てて行こうとプラス指向の考量を得た。やっと日常生活の考え方に明るい指針を見出だし得た。それが為にもスペインのマルセルブリューストの失われた時を求めての小説を繰り返し読むことにしたと、私も同感だ。
 文壇史上臭い(香り)と味感と云えば、必ず銘菓マドレーヌが出てくる。マドレーヌを紅茶に浸して食べる味、臭いは格別だと。(当時はそうだったろうが、現在は全く美味とは言い難い)。失われた時を求めての原点はマドレーヌだ。この小説は小説文壇史上到達点に達した名作品と云われている。様々な臭い(香り)に依り過去の事象が想起され、都会、町、村等がペンに依って描写されていく、あの強大な強靭な小説が始まっていく。1909年の発表作だ。
 日本でも其れより7~8年前(1901年)に夏目漱石が同僚に歳をとると共に草花の臭いに誘われて不意に忘れていた過去の風景を思い起こすと話したところ、皆そんな馬鹿なこと言ってと相手にしなかった。このことについて小説家の吉村隆明氏が臭いを読むと題して書いている。何れにせよ臭いに敏感な人は良い小説愛読者だと。
 卑近な例を上げると、私自身感知する。それは富山の中年のオジさん、オバさんが売薬を大きな風呂敷包み一杯に詰め込んで地方の行商に出掛ける。各家庭を訪問して過不足分の売薬を調べて置いて行く。其の薬の一包を開いてみたら強烈な刺激臭が鼻を突く。あの臭いを嗅ぐとやはり富山の薬売り(満金丹)行商人の容姿を想い出す。
 次回は中通総合病院名誉院長、瀬戸泰士先生に御願いします。
 
 ペンリレー <失われた時を求めて> から