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<ペンリレー>

発行日2021/08/10
市立秋田総合病院  島田 俊亮
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日清カップヌードル
 
 2019年4月から2021年4月まで米国、カリフォルニア州、ロサンゼルス、シーダースサイナイ病院の循環器内科に留学しました。その際に経験した食文化の話です。
 ロサンゼルスにはいくつか日系スーパーがあります。日本製の日用品から食料品までなんでも揃っています。その代わりとても高価で普段は手が出ません。しかし、ちょうどコロナ禍でロックダウンとなりステイホームを余儀なくされた生活の中でみつけた唯一の楽しみが2か月に一度、日系スーパーで買い物をすることでした。あれもこれも食べたいと心が踊りましたが特に私の心を掴んだのが日清カップヌードルでした。若い頃と違いめったに食べることがなくなったカップ麺でしたが、なぜか無性にカップヌードルを食べたくなりました。
 日清カップヌードルは1971年生まれ、今年で発売50周年です(私とほぼ同い年)。数々の有名なテレビコマーシャルがありますが、子供の頃にみた砂漠とバイクとカップヌードルを背景にHOUND DOGの「ff(フォルティシモ)」が流れる無骨なコマーシャルはいまでも鮮明に思い出すことができます。
 味にも歴史があり、オリジナル(しょうゆ味)、カレーに加え1984年にシーフードが発売されました。子供ながらに魚介の旨味がいっぱいの濃い味に感動し以来シーフード派です。他にも小学校のスキー合宿の際に旅館で深夜こっそり食べた給湯機能付き自販機のカップヌードル、山岳部時代に山頂で食べた沸点が低いから麺が硬いカップヌードル、親になり子供が初めてカップヌードルを食べてこれは美味いものだと認識するあの瞬間。このように普段は意識しませんが、カップヌードルとはそれを介して自分の人生をふり返ることができる、いつもそこにあるもの、でした。
 なぜ米国でカップヌードルを食べたくなったのか?カップヌードルは日本人、少なくとも私にとってソウルフードなのだと気が付きました。改めて素晴らしいのは、お湯を入れるだけで手に入る変わらない味です。
しばらく食べていなかったカップヌードルですが、久しぶりに異国の地で再会し私の心は動かされました。しかし期待はすぐに裏切られます。帰宅後、早速湯を入れ麺をすすります。「ん?」「なんだこれ?」何かが違います。味が物足りないのです。よく見るとNO ADDED MSG (monosodium glutamate)(=グルタミン酸ナトリウム無添加)と印字されています。
 ここで話はカップ麺から「味の素」に変わります。味の素は1920年代に日本から米国に輸出され、うま味(グルタミン酸ナトリウム)を添加する食文化が米国に広まります。しかし、MSG摂取後の頭痛などの症状をもとに1968年に「中華料理店シンドローム」と名付けられNew England Journal of Medicineに掲載されます。以降、MSG忌避の歴史がはじまります。いまだ様々な議論がありますが、MSGは1980年代にアメリカ食品医薬品局より安全基準合格証を与えられます。つまり、MSGの添加は問題ないとお墨付きを得ました。しかし、現在も添加MSG忌避の風潮は変わらず、スーパーの加工食品にはNO MSGの表記がされています。その結果、残念なことに米国で販売されている日清カップヌードルはNO MSGで本来の味が損なわれています(正確には減塩も関係していますが)。
 添加MSG忌避はアジア人に対するレイシズムの一端であるとする米国人の報告もあります。日清カップヌードルは日本が世界に誇る食文化のひとつであり、本来のかたち=味で受け入れてほしいです。しかし、食は文化なので理由はどうあれMSG添加加工食品を米国人が食べたくない、避けたいのであれば仕方ないと思います。ただただ、家族と離れ、不慣れな自炊飯に飽き、コロナ禍で人との繋がりが疎遠となり寂しい生活の中で、日本の味を期待して食べた日清カップヌードルが本来の味でなく残念だった、という話です。
 ちなみに、帰国後2週間の自主隔離生活でよく食べたのはやはり日清カップヌードルでした。そして、胃に染みわたるその味はいつもの味で、日本に帰国できたことを実感しほっとすることができました。ありがとう、日清カップヌードル。
 次は市立秋田総合病院小児科の石川小枝先生にバトンを受けていただきます。よろしくお願いします。
 
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