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<ペンリレー>

発行日2020/01/10
外旭川病院  松尾 直樹
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「永遠に幸せになりたかったら釣りを覚えなさい」は本当か?
 
  大学時代の友人の東海林先生から、ペンリレーのバトンをいただきました。
  私の普段の仕事は、ホスピス医です。全国には400以上のホスピス(緩和ケア病棟)があります。秋田県は私の働いている外旭川病院と大曲厚生医療センターの二つしかありません。秋田県では、がんで亡くなる患者の約10%がホスピスで亡くなっています。(全国平均は13%)そんなホスピス医の仕事はどんな仕事か?痛みをはじめとする症状の緩和のほか、日に日に病状が進み、体力が衰え、死を意識し苦悩する患者にほんのわずかでも寄り添うことでしょうか。がんの患者の身体的な苦痛を緩和すれば、ハッピーな最期を迎えられるかというと、そう簡単なものではありませんでした。ホスピスの入院期間は数日から数週間。患者・家族との関わりも濃厚で、医療者は毎日が葛藤の連続で、どちらかというと心痛める日々を過ごしていると言っても良いのではないでしょうか。もちろん、その中で患者との心と心の深い対話があり、それに支えられ、ホスピス医を続けられているわけですが。
  さて、子供の進学を機に秋田に7年前に戻ってきたのですが、その前の10年ほどは関東の緩和ケア病棟で働いていました。そこでは若い患者が多く、強い苦悩を抱えた患者・家族に向き合う日々で、夜遅くまで患者の話に耳を傾け、少々疲弊しておりました。子育ての時期(あまりしてませんが)にも重なり、特に趣味もなく、日々を病院で過ごす生活でした。そんな私が秋田に戻ってきて、始めたのが釣りです。釣りは子供の頃から父親とよく行っていましたが、働き始めてからは遠ざかっていました。友人に連れられて初めて秋田のシーバス(スズキ)を釣ったときの感動が忘れられず、今ではどっぷりとはまっています。実は秋田は、シーズン(6月~10月)になると、雑誌や釣りビジョン(スカパー)のロケが行われたり、全国から釣り人が訪れるほどシーバス釣りでは有名です。そんなフィールドまで車で15分。なんと恵まれていることでしょう。シーバスがよく釣れる時間帯は夜。土日は混むので、主に平日の夜に出かけます。私には身体障害を持った子供がいるため、毎日の入浴は私と妻の二人で行っていますが、その入浴が終わった後に出撃です。妻も今日は釣りに行きたそうだなというのが雰囲気でわかるらしいです。妻の理解に助けられています。写真のようなシーバスが、ハイシーズンになると毎回のように釣れます。私が主に行うのが、ルアー(疑似餌)釣り。釣りは運もありますが、かなりテクニカルで奥が深いことがわかりました。たまたま「釣れた」ではなく、「釣った」という感覚が大事です。ルアーをただ投げて、動かせばよいのではありません。川や海の流れを暗い中でも感じ取って、ここぞというポイントにルアーをキャスト(投げること)する。不自然な動きをするルアーには魚は見向きもしません。流れに同調するように、自然にルアーを流す。暗闇なので、水の中でのルアーの動きと、それを狙う魚を想像するわけです。この釣り方は、私が終末期の患者と対話する際に、寄り添う感覚と似ています。対話においても、不自然で、こちらが主導の強引な会話では患者も心を閉ざしてしまいます。それはさておき、ルアーがうまく流れに乗ると、ここぞというポイントで、竿先にゴンとか、ドスンといった感覚が伝わり、シーバスがヒット(釣針にかかること)します。一瞬、おそらく私の心臓は停止していると思います。そんな感覚です。はるか遠くで激しく抵抗するシーバスによる水柱があがります。猛然と走り回るシーバスとのファイト中は、常に心臓の鼓動が高鳴り、なんとも言えない緊張感があります。この歳になって動悸するのは階段を急いで昇った時ぐらいでしょう。興奮で動悸がする体験は、そうそうないでしょう。そして、ランディング(網に入れること)した瞬間、銀ピカの魚体を前に最高の満足感が味わえるのです。基本的にキャッチアンドリリース派の私は、シーバスのエラに水流を当てて十分に蘇生した後、闇の中、一人感謝の言葉をかけてリリースします。
  学会で久しぶりに会った友人から、「秋田に行って元気になったね」と言われましたが、もしかして、この釣りという趣味を持てたことも理由の一つかもしれません。中国古諺に「一時間、幸せになりたかったら酒を飲みなさい(私は下戸です)。三日間、幸せになりたかったら結婚しなさい(そうかな?)。八日間、幸せになりたかったら豚を殺して食べなさい(食べるのはいいけど、殺すのは・・・)。永遠に、幸せになりたかったら釣りを覚えなさい。」というのがあるそうです。諸説あり、誰が言ったかわからない言葉ですが、釣りをやっていると、「これは本当かもしれない」という感覚になれます。シーバス釣りは、川に浸かることが多く、なかなか体力もいるのですが、秋田は一年中、釣れる魚種が豊富ですので、一生続けていけたらと思っています。
  次は同じく外旭川病院の北原栄先生にバトンをお渡しします。
 
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