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<ペンリレー>

発行日2019/09/10
秋田赤十字病院  宮澤 秀彰
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外科医のつぶやき
 
  秋田大学第一外科の先輩である柴田聡先生から、突然イニエスタばりのNoと言えないキラーパスが送られてきました。こういうのを、今の時代パワハラと言うのではないか、と思いつつ、「いいから黙って書け」という言葉が聞こえてきそうで、素直にペンをとります。
  現在秋田赤十字病院で消化器外科部長として勤務しております。なぜ外科を選んだのですか、と今だに聞かれますが、単純に、時には血を浴びながらそれでもひるまずに立ち向かっていく姿がかっこいいと思ったからです。こう言っても最近はほとんど理解してもらえません。絶滅危惧種のような存在です。危険、汚いはもっともだと思いますが、crazyだと言った学生にはさすがにムカッときました。まあこれも時代の流れ、と思い、危険な仕事はなるべく自分でやるようにしています。そういえば、以前手術中に顔面に血が飛んできたとき、一緒に手術をしていた〇〇先生の口癖は「大丈夫だ、角膜からは感染しない」でした。しかし、角膜から感染しないにしても結膜から感染するのではないか、と今でも疑問に思っています。最近は腹腔鏡手術の割合が増え、また器械の進歩も大きく関わっていると思いますが、危険な目に遭うことはめっきり減りました。例えば、少し専門的になりますが、直腸切断術の会陰操作の際、以前は調子に乗って電気メスだけでスイスイ切っていくと、下直腸動脈から全盛期のマイク・タイソンでもよけられないようなすごい勢いの血が飛んできて、しばしば顔面に血を浴びたものでした。これも最近は超音波凝固切開装置を使うとほとんど出血しないで済みます。
  以前の開腹手術のような豪快さはありませんが、腹腔鏡手術は創も小さいですしいい点はいろいろあります。それでも私より上の世代の先生の中には、「俺はああいうのはちょっと・・・」という方もいるかと思います。しかし腹腔鏡手術も、やってみるとこれはこれで結構面白いのです。手技の定型化と言ってますが、最近あまり見かけないパラパラ漫画と同じような感覚です。こことこことここを持って、3点支持でその間を切っていくと綿のような層が出てきて、そこはほとんど出血することなく面白いように剥がれていく、そして次はこことここを持って、といった感じで、静止画が連続した感じでずーっと進んでいくのです。大抵はこちらの意図していたとおりに進んでいきます。ここに尿管があるはずだ、と思いながら実際に現れると、心の中でにやりとほくそ笑みながら、偉そうに助手の先生に講釈をたれながら手術は進んでいきます。そのスイスイ進んでいく感覚が非常に心地よいのです。人間というもの、意外性を求める一面はありますが、分かりきったことが実際にそのように起こる、こうなるはずだ、いつもと同様こうなって欲しいと思っていたことが実際に起こることに快感を覚えるのではないでしょうか。水戸黄門では、最後の最後に「ここにおわす方をどなたと心得る、先の副将軍水戸光圀公なるぞ」と言って印籠を出し、悪人がひれ伏す。分かりきった結末なのに、やった、と見ていてほっとする。ジャイアント馬場のプロレスなどもその最たるものだろう。ボボ・ブラジルやフレッド・ブラッシーといった外人レスラーの噛みつき攻撃で流血し劣勢の馬場が反撃のチャンスを待つ。そしてついに、水平チョップから脳天唐竹割りをくらわせる。ウオー、と観客は熱狂。攻撃のvariationはない。椰子の実割り、河津落としの後、ロープに振る。キターと観客の熱狂は最高潮に達し16文キックが決まり、相手はグロッキーに。こんなのでいいの、という展開だが当時は熱狂していた。ついでにもう一つ。浦和レッズは今でこそACLを2回制し、Jリーグを代表するビッグクラブになったが、Jリーグ創立当初は最下位争いの常連であった。そんなレッズが初めて上位に躍進したのは1995年であった。当時、私は一度大宮サッカー場に試合を見に行ったことがある。その時のレッズのサッカーはすごいものであった。オジェック監督の下、ブッフバルトがお世辞にも華麗とは言えない武骨なスライディングタックルを浴びせる。フリーになったボールを、レッズはパスを回すわけでもなく、あろうことか、反対側のコーナーフラッグを目掛けて思い切り蹴飛ばす。ほとんど東医体レベルのサッカーである。何だ、これは、と思っていたところ、赤いユニフォームを着た長髪の選手が、ものすごいスピードで追いかけていくではないか。そう、野人岡野である。岡野がコーナーフラッグに向かって全力で走っていくときのスタジアムの盛り上がりはすさまじいものがあった。感動的ですらあった。岡野は追いつくはずがないと思われたボールに追いついてしまい、ただ大きく蹴っただけのボールを長ロングパスにしてしまう。そこからがまたすごい。センターライン付近をもう一人の赤いユニフォームを着た選手が駆け上がっていく。ミスターレッズと言われた福田正博である。岡野がセンターリングをあげるが、所詮岡野である。ピンポイントで合うセンターリングなどあげられない。全く焦る必要などないのに、あまりに急激な展開に慌てふためいた相手ディフェンダーが福田を倒してしまう。PK獲得である。これぞレッズ躍進の原動力となった、ワンパターン戦法であった。この年、福田は日本人初の得点王になったが、調べてみると総得点32点中、14点をPKで決めている。観客は、岡野が全力で走り、追いつかないと思われたボールに追いついてしまう姿を見たがっていた。おかしな話であるが、きれいなシュートではなく、福田がペナルティエリア内で倒されるのを見たがっていた。一度スタジアムに足を運ぶと、また行きたいと思わせるものがあった。現在浦和レッズはJリーグ屈指の人気クラブになっているが、最大の功労者は岡野であろう。
  話を戻そう。腹腔鏡手術の話をしていた。期待した展開通りに、軽い興奮と安堵を感じながら手術は進み、標本を摘出する。どんなもんだい、というつかの間の自己満足に浸り、その後、同様に定型化した手技で腸吻合等の再建を行い終了する。直腸の手術で言えば、自動吻合器で問題なく吻合できた瞬間が、ジャイアント馬場の16文キックが当たった瞬間であろうか。パラパラ漫画のように定型化された手技を、ワンパターンでつまらないと感じることなく、十分な満足感、達成感を感じながら手術は終了します。対象となる手技が決して容易ではないということが満足感の原因になっていることは間違いないでしょう。
  腹腔鏡手術について、もう一点。人間、年をとると老眼になるのは避けられないところです。私も最近、近くのものがめっきり見えなくなりました。腹腔鏡手術はこの老眼に対しても、抜群の威力を発揮します。何といっても大画面で大写しになるのですから、見えないことなどありません。外科医としての寿命は延びるでしょう。これに最近はロボット手術も加わり、座って手術ができるようになりました。足腰の心配もなく、頭と手さえしっかりしていれば手術ができる時代が来るのでしょうか。外科医不足と言われていますが、各々の外科医としての寿命が延長しそれをまかなう、というふうになっていくのかもしれません。

  次回は、同じ秋田赤十字病院で勤務している病理診断科の東海林琢男先生にお願いしました。
 
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