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<ペンリレー>

発行日2018/04/10
秋田赤十字病院  大内 東香
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ハンガリーの温泉あれこれ
 
  佐藤隆太先生から、ハンガリーについて書くように言われリレーバトンを渡されました。私は1年間ハンガリーのブダペストに住む機会がありました。そこでハンガリーで訪れた温泉について主に日本との違いを軸に綴ってみます。最近JAL機内誌でもハンガリーの温泉が特集されていましたが、本稿では実体験をもとに感じたことを書きます。
  ヨーロッパで温泉というと私のばあい最初に思いつくのはトルコで、他にイギリスのバース等も有名ですが、ハンガリーが温泉大国であることは住むようになるまで知りませんでした。日本と違って火山がないので非火山性温泉です。首都のブダペストにはたくさんの温泉があり、ガイドブックにない地元人が通う温泉施設も多いようですが、観光客に最も有名な温泉施設はセーチェニ温泉という十数種類の室内温泉と屋外温泉プールを持つヨーロッパ最大級の温泉で、ここはいつ見ても混雑しています。ほか、ホテルを併設しているゲッレールト温泉も内装が美しくて人気です。私が何度か訪れたのは住居に近かったルカーチ温泉で、ここはリウマチ病院を併設するため現地の人の利用も多く、前二者よりも観光客が少ない比較的地味なところでした。
  ほとんどの温泉施設では、受付で入場料を払うとICチップ入りのリストバンドをもらい、それを自動改札に通して入退場し、更衣室でのロッカー番号もICチップで管理されるというシステムです。ブダペストの地下鉄では未だに自動改札がなくゲートに立っている係員に定期券を見せて通るアナログ方式なのに、温泉施設でのハイテクぶりはなぜか際立っています。ただ自動改札機がうまく作動しないことも多々あり、そこはハンガリーらしい点です。ハンガリーでは水着を着て温泉に入りますが、更衣室は男女共用です。もっとも、鍵のかかるキャビンで着替えられるので問題ありません。だいたいどの温泉でも複数の室内風呂と室外温泉プールがあり、それぞれ温度が少しずつ違います。水温は全体的にぬるめなので長く浸かっていると徐々に寒くなり、寒くなると一番温かい風呂へ移って温まり、その後プールで泳ぐ、などを繰り返して数時間楽しめます。ただ、温泉なのでもちろん薬効があるのですが、入浴したという実感に乏しく、何となくプールのような印象を持ちます。そう感じるのは水着を着て入るからだと個人的に思います。日本でも温泉リゾートホテルなどではプール併設の温泉に水着で入ることがあるかもしれませんが、日本では通常温泉は裸で入るものです。ハンガリー語を教わっていたハンガリー人の先生にそう話したらびっくりされ、習慣の違いを感じたことをそういえば思い出しました。裸で熱いお湯にじっくり肩まで浸かって体の芯まで温まり、露天風呂ではお湯の熱さと冷たい空気を同時に味わい、風呂から上がったあともじんわりポカポカリラックス、という日本の温泉の楽しみ方に慣れていた私は、最初にハンガリーで温泉を訪れた時に十分な「温泉に行った感」を得られませんでした。しかし同じ「温泉」といっても日本とは様式や楽しみ方が異なることを理解してからは、ハンガリーの温泉も興味深く、ブダペスト外の珍しい温泉にも足を運んでみることにしました。
  ハンガリーの海と呼ばれるバラトン湖の近くの町ヘーヴィーズには有名な温泉湖があり、近隣国からも湯治客が泊りがけで訪れます。湖全体が温泉というユニークさもさることながら、全体で4.4ヘクタールある大きさに驚きます。最深部分は38メートルと深いので12歳以下の子供は入れず、大人でもみな浮き輪を借りて入ります。私は6月に行きましたが水温がやはりぬるいため,修行をしたい人以外は冬に入るのは無理そうです。緑に囲まれた湖に浮きながらのんびりします。水の冷たい部分には小さな魚が泳いでいます。周囲から聞こえてくる会話はハンガリー語とドイツ語が多く、年配の方を多く見かけました。湖のほとりで人々がベンチに寝そべって日光浴をしている姿はまるでビーチにいるようで、日本で培った「温泉」の価値観を覆されました。温泉といっても様々な形態があることを再確認し、反対に日本の温泉は良い意味でワンパターンだと思いました。
  ブダペストから特急で北東に向かうこと約2時間半、ミシュコルツという国内第3の都市に洞窟温泉なるものがあります。その名の通り、洞窟をくり抜いた中が温泉になっています。洞窟内では薄暗い中に照らされる照明が色を変え、一部では天井が星空を模して光り幻想的な雰囲気を醸し出しています。洞窟内温泉ルートの途中は人工的な流れが作られており流れるプールのようです。ここでは子連れのファミリー層やどちらかというと若い年齢層の人々がわいわい遊んでいて、観光客の姿はほとんどありませんでした。ミシュコルツ郊外にリラフレドという人気の避暑地があり、ちょうど私も夏に洞窟温泉とリラフレドをセットで訪れましたが、ハンガリーの人たちが家族やカップルで避暑地にくる一環として、ここの温泉をまさにレジャー施設として楽しんでいるのだと思われました。
  ブダペストで隣に住んでいた日本語を話せるハンガリー人夫妻が、日本語に「水」と「湯」の2つの言葉があることを面白がっていました。確かにハンガリー語でも英語でも「湯」という言葉はなく、例えばハンガリー語ではmeleg viz(= warm water)と言いますが、この友人に言われるまで日本語のそんな特徴に気づきませんでした。たまたま、本稿執筆中に読んでいた言語学者の金田一春彦さんの本の中にもこのことが出てきたのですが、金田一さんによれば「お湯」という言葉があることは日本的であり、豊富な水と湯をもつ日本の自然の特色から来ているということでした。その文章の中で「湯」のつく日本語の言葉として「湯浴み」「湯冷め」「湯疲れ」などが挙げられていましたが、いずれも入浴に関連した言葉です。これを読んで、日本ではお湯に浸かってゆっくりするのが昔から文化として根付いている一方、気候も地形も異なる外国では入浴や温泉の様式が異なるのは必然かと思われ、外国の温泉にさらに興味がわきました。まだまだたくさんあるハンガリーの温泉も攻めたいですが、他国の温泉も機会があれば訪れてみたいです。
  次回は、いつもお世話になっている当院循環器内科の照井元先生にお願いしました。

(参考)金田一春彦 (1991)『日本語の特質』NHK出版.
 
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