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<ペンリレー>

発行日2017/12/10
市立秋田総合病院  市川 喜一
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修行僧
 
  さあどうしよう、もはや待ったなし。全くアイデアが思い浮かんでこない。でも期限は刻一刻と近づいてくる……そうです、今まさに書いている編集後記のことである。これまでは心にいくつもの思いが浮かび、それを文字に「見える化」すれば出来上がりだったのだが、どうにも今回だけは心の中に湧き出すものがない。そういえば、この数か月間はこの人生で経験したことがないほど仕事に追いまくられて疾風怒濤のごとく過ぎ去り、1週間が1日か2日程度の感覚になっていた。そうか、「こころ(? りっしんべん)」が「亡くなる」から「忙しい」のだ、などと現実逃避。いやまてよ、心がなくなったらニンゲン様は何になるのだ?本能のままに動く動物か、それとも感情のないロボットか?落ち着いて振り返れば、個々の物事を完遂するのに際して身体的には極めて苦しかったが、精神は不思議とほとんど悲鳴を上げなかった、というか猛烈に忙しくあれこれ考えている時間はなかった。先日見たコマーシャルで、とても澄んだ目をした芸能人が「エゴが一番なくなった時にその人の個性が出てくる」と言っていた。ぎりぎりまで削られた(磨かれた)酒米で作られた吟醸酒、動きを極限まで削ぎ落とされた能楽、文字数を極限まで減らした俳句、必要最低限の空間に美が表現された茶室、そしてひたすら鍛えられて仕上げられた一振りの日本刀。虚飾、過剰を好まず、愚直にひたすら鍛えられ、研ぎ澄まされ凝縮された事物が日本人の心の琴線を震わせるのであろう。修行僧の清々しさ、良寛や一茶などの俳人への畏敬の念もそのあたりに精神的根拠があるのではなかろうか。ある種のストイックさが好まれる、とも言い換えられよう。透き通った心で自らが下した判断は、あれだけ多忙であったにもかかわらずほとんどが正確だったことを思い出した。
  おいおい何を自画自賛している。もう一度わが心身を冷静に振り返ってみよう。この数か月間で肉体は膨化の一途。煩悩・欲望・エゴ(自我)は本当にないかといえば単に忘れているだけ、考える暇がないだけ。現状では他動的・強制的に心が清浄化されているだけなのかもしれない。では再度時間ができたときに肉体膨化はさらに加速するか?我欲丸出しになるか?美食家ではないが、食べることが大好きなため、肉体膨化を止めることは不可能であろう(笑)。しかし、研ぎ澄まされ透き通った精神世界を一瞬でも垣間見ることができた現在、もう我欲・煩悩まみれの心には戻りたくない、というのが正直な思いである。さらに澄み渡った心の景色を垣間見るため、これからも修行僧の如く疾風怒濤の日々を続けることになりそうだ。
 
 ペンリレー <修行僧> から