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<ペンリレー>

発行日2015/10/10
秋田赤十字病院  長谷川 一太
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『サラバ!』を読んでみた
 
  8月下旬の小児科病棟で、女の子が夏休みの課題である読書感想文を書いていた。その子が書いた拙い文章を大げさに褒めながら、「よし、僕も書いてみよう」と心に決め、その日のうちに書店へ駆け込み、西加奈子さんの『サラバ!』を購入した(上・下巻で3456円)。『サラバ!』を選んだのは、その前日に見たテレビ番組で勧めていたから。
  もしこの本を中学時分に読んでいたならば、「何だこのホモセクシャルな本は!」と一蹴していただろう。なんせ、当時の自分は中高一貫の男子校で「ホモセクシャル」と戦っていたのだから。
  『サラバ!』は、ある家族の、その息子の視点で語られる成長の物語である。周囲から注目されたいばかりに奇抜な恰好をし、奇行に走り、結果周囲から疎まれ、自分の世界に引きこもる姉。その姉を持て余しつつ、何よりも自分の幸せを優先する母。奇異な目で見られる娘と息子に同等の愛情を注ぎ、母を愛し家族のために粉骨する父。子どもながら常に一歩引き、自己主張せず、周囲との調和を図ることを第一とする主人公・歩。歩は、父親の赴任先であったイランで生まれ、その後日本に帰国、更にエジプトへと生活の場を移し、少年時代を過ごす。行く先々で数多の魅力的な人物と出会い、精神的に成長していく。日本へもどってからも、家庭内や学校で没個性を貫いて生きようとし、周囲から逃げるように東京の大学へ進学する。充実した大学生活を送り、やりがいのある仕事にも就くことができた。そんな中、再び姉の存在が身近に迫り、30歳となった時点で頭髪の毛根が一斉に死んでしまう。その後も数々の試練にさらされ、葛藤する歩であったが、終盤で家族や友人を通して「自分を生きる」ことの意味と大切さに気づかされる。昨日までの自分に別れを告げ、明日からの新しい自分を生きていく決心をし、「歩」み出す、という大仰な人間再生物語である。
  読み終えた時の率直な感想としては、「ピンと来ない」であった。謎の多い行動や言葉に対する明快な答えがほぼ皆無であり、解釈を読者に任せるような描写は、白黒はっきりさせたい自分としてはもどかしかった(特に姉関連で顕著であった)。それが小説の醍醐味だという意見もあるだろうが、あまりに描写が概念的過ぎるきらいがあるように思えた。とはいえ、自分とまったく異なる人生を生きた歩には憧れるし、自分の知らない文学や芸術の話で盛り上がる登場人物たちには嫉妬した。そして何よりも、この本は読みやすかった。総合評価としては、星3つとさせていただきます。
  中学時分、「本を読んでいる自分かっこいい」という妄想から海外文庫を人前で読むようになり、いつしか読書が日常となった。本を読むことで他人の人生を追体験でき、様々な考え方や感じ方があることを学んだ。また、コンパにおいては話題の「抽斗」としても役立ち、読書好きなだけで少し尊敬された(気がした)。
  医学書や英語論文が机に山積する今、無理やり理由をこじつけて『サラバ!』を読んでみて、改めて読書の良さを実感した。さらに、医師になってからも読書する余裕くらいいつでもあったのに、してこなかった自分を恥じた。コンパに備えて本を読もう。
  次は、僕の机を英語論文で山積にしてくださる、当院小児科の土田聡子先生にお願いします。
 
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