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<ペンリレー>

発行日2015/09/10
山王胃腸科  最上 希一郎
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毎週水曜日はドクターヘリに乗ってます
 
  ある夏の日、高校2年生のヒロシは友人4人と秋田市内の海水浴場へ遊びに来ていた。
 海の家で焼うどんとかき氷を食べ、海に入ったり、砂浜に寝そべったり、友達を砂浜に埋めたり。海風は強く、波は少し高かったが、空は青く、気温は30℃を超え、若い彼には全く気になるほどのものでもなかった。
 16:00を過ぎ夏の日も傾いてきた。一日中炎天下にいた体には若干のだるさも感じたが、もう少し泳ごう。友達と一緒に海の中へ。
 海へ入って20分程が過ぎただろうか、不意にやや高い波が打ち寄せる。一瞬友人達が遠のく。友人のほうへ向かって泳ぎ出す。が、友人はどんどん遠のいていく。まずい。必死に泳ぐが陸はさらに遠のいていく。ヒロシは離岸流に流されていた。叫んでも友人の声は聞こえない。
 一緒に泳いでいた二人も一瞬流されたが必死に岸まで泳ぎ着いた。ヒロシがいない!波打ち際にいた友人が海の家へ走る。
 16:52救急要請。「波打ち際で遊んでいた男性が流されて戻って来ません!」
 直近の救急車が出動するが現場到着するまでに10分ほどの予定。消防本部では引き続き現場の状況を聴取。救助後早期の医療介入が必要と判断。
 17:00ドクターヘリ要請。「○○海水浴場で10代男性が流されて不明。捜索中。救急隊到着まであと3分ほど」
 17:05ドクターヘリは秋田赤十字病院を離陸。機内では要請内容から溺水を想定して末梢ルートと気管挿管の準備が行われる。
 17:08現場上空に到着。波が高い。眼下には、波打ち際に人だかり。その中央にぐったりして引きずられる少年が見える。まさに救助された瞬間のようだ。救急隊は未だ接触していない。50メートルほど離れた波打ち際をバックボードを抱えて走る救急隊員が見える。
 予定された着陸地点は近隣のグラウンドだが、消防車両が現場に集中しており、安全確保にまだ8分ほどかかる予定。そこから移動して治療開始までは13分ほどかかるだろう。患者の状況によっては現場指揮者の判断で現場直近に着陸することができれば2分後には治療を開始することができる。機長は100mほど離れた場所に草地を見つけ上空から周囲を確認する。「先生!ここから走れますか?」
 その時、救急隊から無線連絡「傷病者確保!意識あり、呼吸あり!」
 機内の張り詰めた空気が一瞬和らぐ。現場直近着陸に伴う多くのリスクを負う必要は無さそうだ。
 15分後、予定された着陸地点へ救急車搬送されてきた患者と接触。車内では気道、呼吸、循環、意識の順で全身評価を行う。
 30分以上必死で泳いだ少年は一見意識障害かと思うほど疲労困憊で、大量に飲んだ海水で一目でわかるほど胃が拡張していたが、しっかり目を開け「泳いでいて流されました」とはっきり答えた。呼吸は速く、SpO2も90を下回っている。おそらく大量の海水を誤嚥している、呼吸状態の悪化には注意が必要だ。ヘリに収容し基地病院へ帰投する。
 16歳の少年はやはり肺炎を発症したが1週間後元気に退院していった。

 遠隔地からの患者搬送時間の短縮に目が向きがちなドクターヘリですが、第1の目的は早期医療介入であり、致死的な患者の元へ医師を届け迅速に治療を開始すること。特に気道緊急、緊張性気胸、出血性ショックなど病院到着前に蘇生を要するような症例に関して治療開始を早めることの効果は絶大です。
 病院前救急チームが複数あれば、もっと気軽な乗り物が使えるのですが、現在秋田県内で現場出動要請に数分で対応できる体制をとっているのはドクターヘリチーム以外にはありません。飛行時間にしたら1、2分の秋田市内でも、もっともっと活用していただきたいと考えています。
※このストーリーは表現上一部フィクションを含んでいますが、筆者が経験したこの夏の実例です。
 次のペンリレーは在宅医療連携でいつもお世話になっている、秋田往診クリニックの佐藤浩平先生にお願いしました。
 
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