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<ペンリレー>

発行日2015/04/10
秋田赤十字病院  中島 発史
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1ヵ月でフルマラソン完走
 
 人生も折り返し地点を過ぎてしまい、やり残したことの一つとしてフルマラソン完走が残っていることを思い出しました。とりあえず今年の1月25日に茨城で開催された勝田マラソンにエントリーしました。これまでのマラソンの経験は、数年前にメロンマラソンのハーフをかろうじて2時間半で完走した程度です。十年程前の勝田マラソンでは膝の激痛に襲われ、途中でリタイアしています。その後は野球で痛めたふくらはぎの肉離れもあり、走ることからは遠ざかっていました。
 忙しさにかまけて、練習を開始したのは結局年末からとなってしまいました。まずは正攻法でいくことにして、雪上ランニングシューズを手に入れ、近くの一つ森公園を走り始め、少しずつ距離を延ばしていきました。しかし寒さと雪道に気持ちは萎え、外を走るのは億劫になりがちでした。そこで補足練習として年明けから階段昇降を取り入れました。勤務先の階段を7階まで10往復するというもので、脚力と心肺機能を鍛えるのにうってつけでした。利用者が少ない階段を、なるべく人目につかない時間帯を選んで昇り降りしました。ポイントは白衣を着て練習することで、間違ってもジャージなどを着ないことです。なぜならば万が一患者さんや病院のスタッフに見つかっても、白衣を着ていれば、汗をかきながら一生懸命院内を駆けずり回っているナイスなドクターと思われるからです(多分)。
 とは言うものの、結局1ヵ月で外を走ったのは6回で合計72km、階段練習はたった3回しかできませんでした。これまでにマラソン関連の本は十数冊目を通しましたが、たいがいの本には最低でも準備期間は3ヵ月で、月間走行距離も100km以上などと書かれていました。まともに仕事をしていて、他にもやることがたくさんあるのに、月に100kmも200kmも走る時間などあるわけがありません。
 そういうわけで途中から明らかに練習量が不足していると思い、正攻法での完走は無理だと判断しました。そこで記録より記憶、どんなセコイ手を使ってでも制限時間の6時間以内で走りきることを第一に考え、『練習ゼロで完走できる非常識マラソン術』という本を手に取りました。初心者がまともに練習せずに故障を最小限にして完走するという点では非常に秀逸な本だと思いました。私は20km以上走ると膝が必ず痛くなることがわかっていたので、とても参考になりました。この本の内容を自分なりにアレンジして、本番当日に行ったのは以下の通りです。

・大腿裏、膝、ふくらはぎ、足首のテーピングを行い、さらにコンプレッションタイツを着用する⇒下半身がガチガチに固まり膝は何とかもった
・ハイドレーションバッグ(水筒のようなもの)をリュックに入れて背負い、1kmおきにスポーツドリンクを2口ずつ飲み脱水を防ぐ⇒給水場を利用しないことでペースを乱さず、飲み過ぎを避けることができた
・エネルギージェルを30分おきに摂取しカロリーを定期的に補充する⇒摂取後は明らかに脳と身体が息を吹き返し活性化した
・膝への負担を最小限にするため、すり足走法で走る⇒道路の段差でつまずきそうになった
・膝の痛みに耐えきれなくなる前にロキソニンを内服する⇒痛みの感覚が麻痺した
・ランニング用GPSウォッチを利用し、1kmあたりのペースを守る⇒最初の15kmは7分/km、次の10kmは8分/km、残りは8〜9分/kmで、平均8分/km程度のペースで走れた

 このようなドーピングまがいの方法で歩かずに何とか5時間46分で完走できました。走り終えても、長かったと思うだけで、何の感慨もありませんでした。なぜならばこんなセコイ手を使ってもこの程度の記録しか出せず、これをマラソンと言えるのだろうかと感じざるを得なかったからです。
 ただとりあえずは完走したという成功体験を得ることはできました。もっと真面目に練習すればもう少しタイムが良くなるのではという欲が出てきて、懲りずに4月と5月にあるマラソン大会にも申し込んでしまいました。
 悲しいことに、おっさんになると仕事でも何でも伸びしろが殆どなくなってきますが、残りの人生まだまだやれるという、根拠のない妄想的自信を深めることのできたマラソン大会でした。
 最後までこのような駄文にお付き合いしていただいた先生方、本当にありがとうございました。次回は同僚の伊藤智夫先生にお願いしました。
 
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