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<ペンリレー>

発行日2015/04/10
中込内科医院  中込 晃
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心のタイムトラベル
 
 尊敬する原田先生からのペンリレーです。昔の音楽を聴くと昔の状況を思い出すように、人生の節目で得た貴重な助言を12項目にしぼりタイムトラベルしてみました。
 
 1)何もとりえがなければ医学部に行け・・・浪人時代に将来の進路を決めかねていた私に対する父の助言です。医学部卒業後の進路をみると宇宙飛行士、医療行政、教育者、医用電子工学、臨床、研究など多方面の道があります。卒業後にも幅広い進路があるという意味で正しかったようです。医学部面接試験でこのように回答したら落ちるかもしれません。でも動機はこんなものです。
 
 2)心臓の構造は単純で強い臓器である。治療効果が計算できる。数学的判断が好きなら循環器内科が適しているよ。1日に10万回以上動き、かつ何年も止まらないものを作ろうとしたら、簡単な構造にするしかないでしょうと・・・大学時代に医局進路を考えていたときに聞いた、恩師杉本恒明先生の助言です。形態診断のみならず機能の判定、それに対する数々の治療薬を使いわける心臓疾患はまさに数学的要素が強いと思います。そして、動くシステム、治療の原則を理解すれば他の臓器ほど困難ではないようです。
 
 3)怒られたことはない、温厚な先生だよ・・・富山医科薬科大学6年の夏に循環器内科の面白さを教えてくださり、その道に導いてくださった杉本教授が東大教授に栄転なされた。そして、進路相談した際に東北出身ならば秋田大学金澤内科が良いのではと勧めていただきました。秋田大学事情は全く知らなかったので、秋田で開業している父親に聞いたときの助言です。温厚なのは良いなと即座に秋大2内科(金澤内科)に入局を決めました。しかし、富山大学では考えられないような軍隊形式の指導で驚きました。その分、医局先輩はみんな親切でした。感謝しています。父親の言葉はうそではなく、父が金澤教授の東北大医局の先輩なので怒られた事がないとの事のようでした。
 
 4)見ていていいよ、カテーテル検査に行かなくていいよ。心臓超音波は心臓形態、機能が非観血的にわかるよ。心臓カテーテル検査は手技を覚えることが主体で得られる情報量は少ないよ(カテーテル検査は診断法で経皮冠動脈形成術などカテーテルを利用した治療はまだ行われていない時代でしたので)・・・心臓超音波検査の道に誘導し、その後も基本からご指導いただいた恩師、池田芳信先生の助言です。その後、検査室でエコーをみていたら医局長に何故心カテにいかないかと聞かれました。手技に興味がないと答えたら、こなくて良いと公認されました。少し、怒っていたようです。
 
 5)タラバガニの足1本で5年は奉公・・・わずか入局4か月目に旭川で開催の日本超音波学会学術講演会に連れて行っていただきました。池田先生、本間真紀子先生にお供したのですが、学会会場を一歩も出ずに聞いていました。むろん旭川観光などなく、その熱意に圧倒されました。帰りに札幌氷雪の門でタラバガニ料理を池田先生からご馳走になりました。その帰り道での池田先生の助言です。10本は食べましたから、エコーの道50年です。移り気が多い私が長らく心臓超音波を続けられたのも、熱意を見せて指導していただいた諸先輩と池田先生のお言葉のおかげです。まだまだ刑期明けになりそうもありません。
 
 6)高校の後輩だから言うこと聞け、そのうち役立つから・・・入局5か月目に研修医として日立市日鉱記念病院に赴任しました。この研修病院でご指導いただいた東北大学より赴任していた、直接の指導医の庄司先生の助言です。指導医として紹介された時、もしやと即座に思い出しました。庄司先生は秋田高校1年の時の3年生、非常に恐れられた応援団副団長です。入学直後の応援練習でクラスのロッカーを蹴飛ばし壊した張本人です。その恐ろしい先輩との再会です。血気盛んに循環器内科医をめざして入局した私でしたが、その病院は消化器主体の病院でした。心臓に関する検査は安静時心電図だけで、心臓カテーテル検査はもちろんの事、心臓超音波装置もありませんでした。胃カメラ検査、胃透視、注腸検査の毎日でした。他の病院では同期の研修医が心臓病に関して学んでいる時に消化器の検査なんて。その時に庄司先生に不満を漏らし、叱られたあげく最後に言うこと聞けと。結果的には胃カメラ検査は食道エコー開始に役立ったし、腹部触診など教わったことは日常診療に非常に役立ち感謝しています。この日立での1年半の研修はその後に循環器診療に専念する私にとって有意義でした。
 
 7)心電図やりたいと言えばいいよ・・・大学院に入り実験グループに配属のため教授室へ。その直前、齊藤崇先生よりの助言です。教授は即座にどのグループで実験をやりたいか聞かれました。どんな実験をしているか解らないと返答すると、2年もいればどのグループが何の実験をしているか解るはずと叱られました。沈黙していると、何がやりたいのかと。頭の中は真っ白で口をついて出た言葉は先ほど聞いたばかりの心電図。教授は心電図は範囲が広いので心筋虚血時の心電図変化とのテーマで研究しなさいと。さらに、齊藤先生に相談しなさいと。これが齊藤班で実験できた理由です。齊藤先生、田村先生、千葉先生、湯浅先生と個性あふれる先生たちの下で楽しい実験、学会活動をさせていただき、齊藤先生には常に感謝している次第です。
 
 8)面白そうだからやってみようよ・・・臨床では池田芳信先生に心臓超音波検査の基礎と心構えを教えていただきました。4年目の春の超音波学会で、経食道超音波診断の臨床例が山口大学から発表されました。胃カメラ検査の研修で胃にファイバー挿入する技術を習得した私は、画像の鮮明さに衝撃を受け、アロカ株式会社に懇願し日本で4台目の食道エコープローブを借りました。しかし、池田先生にさりげなく相談したところ、心臓超音波検査は非侵襲的な検査でなければいけないと一蹴されました。超音波グループ長から否定された検査なので大学病院では試行できないと落ち込んでいる時に、他をあたろうと背中を押してくれたのが、香曽我部先生です。借りた食道プローブと装置を最初に成人病センターに運んでもらい話したところ、危険だと言われ断念。その足で、組合病院の佐々木弥先生に相談したところ、組合病院で施行して良いと許可をいただけました。ついに秋田での経食道エコー事始めです。その後、2年間、毎週1回、香曽我部先生と組合病院で大きなトラブルもなく経食道超音波検査をしました。東北地方で最初の経食道超音波検査でしたので、麻酔など試行錯誤で行いました。本当に、香曽我部先生、佐々木先生には感謝しています。
 
 9)少し大変でもがまんして飲み込みなさい・・・東北地方で最初に施行した検査法でしたので、新しい知見は多く学会に演題は採択されました。ある日、大学病院で教授回診中に原因が特定できない雑音を持つ患者さんを前に、大学では経食道エコーはできないのかねと聞かれました。即座に用意しますと答え、大学病院で開始しました。1例目に解離性動脈瘤術後の患者さんで収縮期雑音の原因不明の方です。いざ、口腔内麻酔後に食道エコーのプローブを挿入しようとすると喉頭反射が強く、医療事故を起こしてはならないと挿入中止しました。次の回診でその旨を教授に話すと、患者さんに向かいお話しされた一言です。少し大変でもがまんして飲みなさいと。この時、思わず香曽我部先生と顔を見合わせ経食道超音波検査は独立した検査として教授に認められたと喜びました。そして、翌日、この患者さんに施行し、心雑音の原因をつきとめました。
 
 10)先生には彼女しかいないよ・・・家内に関心をもつきっかけになった、無二の親友である香曽我部先生の助言です。その後の詳細は割愛しますが、香曽我部先生には非常に感謝しております。
 
 11)人に教える事は好きか・・・開業医として地域で働くか大学に戻るか迷っている時に、当時秋田大学で教授をしていた兄がくれた助言です。大学は教育係に1/3の時間がさかれるようです。人に教えるのが上手でもなく好きでもない自分ですので、地域医療の道を選びました。人生の限られた時間の中で、好きなことに時間をさけとの貴重な助言でした。
 
 12)海外学会は有意義だよ、海外にもいかなきゃ・・・開業医になっても常に臨床研究をなされ海外でも積極的にご発表なされている原田先生の助言です。助言に従い本年、1月下旬に1週間医院を休診にしてサンディエゴで行われた心臓超音波会議に出席しました。非常に有意義で、地域医療継続の糧としようと思います。

 これまでの人生をタイムトラベルすると、節目ごとに適切な助言に出会い、幸せと感じています。これからも、多くの先輩、同僚からの助言に耳を傾けて歩んでいこうと思います。
 次回は、心臓超音波の魅力にひかれている点では私と同じですが、偉大な教育者として秋田の心臓超音波指導に当たられている尊敬する同僚の鬼平聡先生にペンリレーします。
 
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