「ドスン、ドスドスッ。」夕方の結構混んでいるスーパーのレジで会計中に、その音は突然聞こえてきた。肩越しに振り返ると、後ろのレジでお金を払おうとしている白人女性が、札をにぎったまま口を開けて出入り口付近を見つめていた。その視線の先には二人の黒人男性が、床の上でもみあっていた。一言も声をださず、ひたすらドシン、バタンという音だけが店内にひびき、私も含めまわりの人々はみなフリーズしていた。何分かして、後ろ手にしばられた男性が店の奥へつれていかれるまで、だれも動こうとしなかった。 そこはアメリカ中西部の街でやや安全といわれる地域の店だった。入り口出口は駅の改札口みたいに狭くなっており、その店の用心棒とおもわれるアフリカ系米国人がその出口付近にいつもいた。ちょっとジャラジャラ系のネックレスに帽子をかぶり、同じくアフリカ系米国人の店員といつも談笑している人だった。なんで入り口でいつもおしゃべりしているのか不思議だったが、この泥棒事件でやっと附におちた。泥棒を捕まえるマニュアルがあるのかどうかわからないが、自分の体をつかって相手を自分もろとも床へたたきつけ、両腕をつかんで武器をださせないようにしていた(泥棒は、おなかに盗んだ商品を入れていたようだが何を盗んだか不明)。床は硬いリノリウムのコンクリであり相当痛いと思われたが、盗んだほうも用心棒も一言も声を発しないのが印象的だった。 もし、あの犯人が銃を持っていたらぼーっと突っ立っていた私たちみんな撃たれたかもしれなかった。あの犯人が走って店から逃げようとしてとてもラッキーだったと冷静に思えたのはずっとあとだ。そして、あの用心棒が武器を使わず(犯人に武器を取り上げられ逆に周囲に危害を加えるのに使われるかもしれないから)、自分の体で攻撃したため自分たちが無事だったのだと思えた。この国にいるときは、通勤のときは速足で歩きながらいつ襲われるかもと用心しながら歩いていた。しかし道中小銭をくれと薬中のおじさんに手を差しだされて固まってしまい(小銭をだそうとして全額持って行かれる場合もあり)、英語が解らないふりして逃げたこともあった。まして、夜の8時以降など絶対に一人で夜道をあるくことはできなかった。ミシガン湖の周囲は、いいマラソンコースになっていたけどレイプ事件はときどき早朝にあるので朝はだれもマラソンをしているひとがいなかった。(当然男性ですら)
いまでも、あのドスンドスンが耳について離れない。
失礼いたしました。次は、同僚の河村先生にお願いしました。
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