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<ペンリレー>

発行日2014/04/10
山王整形外科医院  湊 昭策
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私とゴルフ
 
 私がゴルフを始めるきっかけとなったのは、昭和43年整形外科医を目指すべく岩手医大の整形外科に入局したことがきっかけである。入局後すぐ上司から一ヵ月後に医局コンペをやるからゴルフの練習をしろと言われ、ゴルフのハーフセットを与えられた。その代金は医局秘書さんの実家のスポーツ店に支払われたという記憶がある。とにかく先輩が「5番アイアン一本を持ってついてこい」ということで市内の練習場へ連れて行かれ、ボールに当たるまで練習しろ、と新入医局員全員が一生懸命ボールを打ったのを記憶している。そしていよいよ初めてのゴルフ場(八幡平カントリークラブ)に着いて、ショートホールのティーインググラウンド(2番ホール)で先輩に何番で打てばよいのか聞いたところ7番と言われ、キャディさんに7番と言ったら、ビニールの覆いがまだ取れてないクラブが出てきたので皆に大笑いされたのが初ラウンドの記憶である。なにしろ5番と9番とドライバーしか練習したことがなく、3番7番はグリップにまだビニールがかぶせられていたわけである。今思い出しても笑えてくる。初ラウンドは、ハーフで70以上叩き、何が何だかわけのわからないうちに終わってしまった。面白かったのか辛かったのか、その時の心情は定かではない。しかし、その後なぜか一生懸命ゴルフをしたことは事実である。私が住んでいたアパートの主(開業の先生)が大のゴルフ好きであったことも影響していたのだと思っている。大学院の4年間はひたすら早朝、土日はゴルフをやった。夜明けとともにゴルフ場に行きバックを担いで仲間とともにワンラウンドし、何食わぬ顔で8時半頃大学病院に出勤するというのが日課であったような思い出がある。もちろん冬は11月の中頃から3月いっぱいはゴルフをせずに真面目に仕事をしていたことは言うまでもない。こうして私が学位論文を仕上げたころはシングルになっていた。その後の私の人生はどこへ行っても第一にゴルフ、次は本業の医業、その次にいろいろな他の仕事があった。ゴルフにまつわる思い出は他の人よりもたくさん持っていると私は思っている。ただ長年数をこなしたからと言えばそれまでであるが、ゴルフをやってきたことで後悔をしたことは一度もない。やっててよかったということはたくさんある。その第一はたくさんの人に出会えたくさんの友達ができたことである。一昨年夏ゴルフの後に左の股関節痛に見舞われた。初め腰からきた痛みかと思って薬を飲んだり注射をしたりしてゴルフをしていたが一向に良くならない。月例競技で歩いてワンラウンドができなくなった。冬になっても痛みが取れず詳しく調べたら左変形性股関節症が見つかった。暖かいところに行けばもしかして痛みが楽になるかと思い、正月に南半球のオーストラリアに行ってゴルフをしてみた。やはり痛かった。帰ってきてすぐに人工関節に置き換える手術をすることにした。最近の人工関節の手術はすばらしく、2月に手術して5月の連休にはゴルフ場に行くことができた。今では歩いてワンラウンドは自信がある。ここで気がついたのは、好きなことをするためには手術も辞さないという考えに至ったということはやはり私はゴルフキチガイだということである。
 
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