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<ペンリレー>

発行日2013/06/10
秋田組合総合病院  東海林 圭
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どこに行っても
 
                     
 数年前、常勤医師が一人増えて少しばかり長く夏休みが取れるようになったので、思い立ってヨーロッパへ行くことにした。選んだのは、初心者向けのイタリア四都市を巡るツアーで、連れは大学生になった娘と息子である。出発前、ツアコンのM女史から電話があり、懇切丁寧な説明を受けた。スリ対策など一時間以上にわたって熱心に話してくれたが、その中で一番心に残ったのが蚊の話であった。『イタリアの蚊は非常に大きくて、もし刺されたら大変な事になるから、必ず携帯の蚊取りを1人1個持って来て下さい!』ここ数年、蚊に刺されると一週間はジュクジュクし、一か月以上も腫れがひけない私は、大急ぎで3人分の携帯蚊取りを買いに走った。

 20人余りのツアー客全員が、どこかしらに携帯蚊取りを身に付けているという少々珍しい一団だったが、M女史のおかげで我々は、凶悪なイタリアの蚊に刺されることもなく快適な旅を続けていた。ところが、フィレンツェのホテルに着き、夕食前にシャワーを浴びていた娘がついに天敵と遭遇してしまった。『お母さん大変!バスルームに大きな蚊がいる!』いつもならキャーと叫んで慌てふためく私だが、今回は準備万端である。バッグから“一吹きすれば蚊がいなくなるスプレー”を取り出し、部屋の四隅、そしてバスルームに撒く。さらに、念には念をと思い、旅慣れている職場の師長が、餞別代わりに持たせてくれた蚊取り線香も焚くことにした。夕食が終わる頃にはもう完全に成仏しているに違いない。持ってきて良かったと、いい気分で食事を終えようとしていたその時、M女史が眉間に皺を寄せて近づいてきた。ま、まさか…、バレた?!『東海林さん!蚊取り線香焚いたでしょ!!』実は、古そうなホテルだったので大丈夫だろうとたかをくくっていたのだ。感度のいい火災報知器がちゃんと設置されていたらしい。恥ずかしさのあまり二回り程小さくなった私は、ホテル従業員の男性と一緒にすごすごと部屋に戻って蚊取り線香を消した。この時まで、イタリア男性は陽気だと勝手に思い込んでいたが、従業員の彼は終始無言でずっと顔をしかめていた。

 ヴェネツィアではゴンドラ遊覧が予定されていた。ゴンドラは6人乗りのため、我々は福岡からのご夫婦と娘さんの3人家族と相乗りすることになった。船が傾かないようにと、席に着く順番までしつこく説明され、やっと乗船である。まずは福岡のご主人が船尾へ、そして奥様がその前の左側、大学生のお嬢さんが奥様の向かいの右側へと順に座っていく。次はうちの番だ。娘が左側、そして私がその向かいの右側に座るはずだったが、とっさに『あれ?!こっちの方が子供達の写真が撮りやすいんじゃない?』と思い付いた私は、ゴンドラの先頭の席へ座ろうとしてしまったのである。船着き場からM女史の悲鳴が聞こえ、福岡ご一家の顔が恐怖でゆがむ…。次の瞬間、ゴンドラはバランスを崩し、ぐらっと大きく揺れて傾いた。がしかし、マッチョな船頭さんが、叫び声を上げながら大慌てで長いオールを操作してくれたおかげで、何とか転覆を免れることが出来た。子供達から罵倒されながら正しい席に戻った私の体は、またも小さく小さくなっていた。こんな大失敗をしたにもかかわらず、このご一家とはとても親しくなれて、今でもお付き合いを続けている。

 旅の終わりはミラノだった。寺院を見学する際は、ミニスカートやノースリーブの服では礼を失するというので入場が出来ない。連日の見学ですっかり集中力も切れ、外の暑さにばかり気を取られた私は、ノースリーブののブラウスのままバスから降りてしまった。失敗に気付いた時にはもう、バスは出口のほうへ移動してしまい、このままでは入場出来ないという事態になったが、M女史がツアーの中の新婚さんから上着を借りてきてくれて、やっと入場することが出来た。その日の現地ガイドだった年配のミラノマダムにも、めがねの奥から鋭い視線でにらまれ、もはや私は家族の中で一番のお荷物となっていた。
夜、娘がM女史からその時の裏話を聞いてきた。めがねのミラノマダムが、『あのシニョリーナはどうして上着を忘れたのかしら?もう何度も見学してるだろうにね。』と言うので、M女史が、『あの女性はシニョリーナじゃないよ!彼女にはもう子供もいるよ。』と言ったら、マダムが『まあ!じゃあ彼女はそんな小さい子供を置いて、一人でこの旅行に参加してるの?!』と怒ったそうだ。それで、『いやいや、彼女の子供達は一緒に来てる彼らだよ。』と、うちの180cmを超える息子達を指差してM女史が言ったら、マダムは驚いて絶句してしまったというのである。

『お母さん、未婚の娘に見られたみたいだよ。』M女史も聞いた娘も笑いが止まらない。信じられなくて当然だが、これは一応本当の話である。それにしても、マダムの目がいくら老眼でも、一体いくつに見えたのかしらん。私は少しばかり調子に乗って旅の写真を見直してみた。しかし、奇跡など起きているはずもなく、そこには、暑さに耐えきれず太い腕を出し、数々の失敗にもめげず能天気に笑っているおばさんが映っているだけであった。
こうして私のイタリア珍道中は終わった。旅行が終わり成田で解散する際、M女史はうちの子供達に、『お母さんを大事にしてあげてね。』と何度も何度も言っていたそうだ。有り難いことだが、年下で独身の彼女にそう言わせる私って…。こんな私を最後まで見捨てず、イタリアの素晴らしさをいっぱい教えてくれたM女史は、私の大事なお友達になった。
次は、整形外科で一番ピンクが似合う男、当院の阿部利樹先生にバトンタッチします。
 
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