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<ペンリレー>

発行日2012/09/10
秋田緑ヶ丘病院  後藤 時子
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サンクコストの呪縛
 

 サンクコストという言葉をご存知でしょうか?たとえば、海外旅行に出かけて英会話ができないことを痛感して帰国し、その後英会話教室に入会したとします。入会金が10万円、さらに会費を毎月1万円払うとします。ところが、これで英会話の勉強をしている気になって、実際は最初の数か月通っただけであとはほとんど通わず1年間が過ぎ、周囲からは「通わないのなら、さっさとやめたほうがいいのに。お金がもったいない」と言われますが、本人はなかなか退会する気になれません。
 なぜでしょうか?この現象を「サンクコストの呪縛」にかかっている、というのだそうです。サンクコストとは、埋没(サンク)した費用、つまり、すでに支払って、今後も回収できない費用をさす経済用語です。前述の例でいえば、入会金と1年分の会費を合わせた22万円がサンクコストにあたります。今後、奮起して英会話を再開する意欲はあまりないのに、すでに払った22万円にとらわれて、ずるずると会費を払い続け、その結果、無駄な出費がますますかさんでいくことになります。サンクコストの呪縛によって、合理的な判断ができなくなっているわけです。このような例は私たちの周りでよくみられると思います。よくある例として、もう長いこと着ていない、もしくは着ることのできない服がたくさんあるのに捨てられない、という女性はたくさんいます。私もその一人です。この場合は、「こんなに高いお金を出して買ったのだから、簡単には捨てられない。」「まだ1回しか着ていないのだから、新品同様で捨てるのはもったいない」「今は着られないけどいつかやせたら着る日がくるかもしれない」などと、もう何年も着ていないにもかかわらず、いろいろと言い訳を考えて、ただタンスの肥やしにしかなっていない洋服を取っておき、スペースを無駄に使っているわけです。これもサンクコストの呪縛の一つです。
 この概念は、時間に関しても当てはめることができます。たとえば、5年も付き合っている恋人がいるとします。相手はどうやら結婚する気はないらしい。別れるか否か。でも5年も付き合ったのだから、失われた5年間の思い出もあることだし、なかなかあきらめきれない。そういう気持ちで結局、ずるずると関係を続けている人もたくさんいます。不倫関係などはまさに、その最たる例でしょう。既婚者と付き合って自分の最も輝かしい20代を棒に振ったとします。気が付くともう30代。自分の周囲の友達はみな結婚して子供もいて幸せそう。彼はいろいろ奥さんの文句を言っていても結局は妻子を捨てる気はないらしい。それならすぐに彼を捨て、結婚してくれそうな男性を見つけないといけないと思っているのに、失われた20代を彼にささげた代償として、なんとか彼に奥さんと別れて自分と一緒になって欲しい、と思うがゆえにずるずると別れられずにいる女性も多くみかけます。でも、経済学的には、未来へ続く合理的な判断のために「サンクコストはきっぱり忘れる」が鉄則なのだそうです。ですからここは、失われた20代はサンクコストとしてきっぱりあきらめるべきなのです。
 私たちの生活の中には、私生活から仕事面まで、サンクコストの呪縛があらゆるところに隠れていて、そのためにしばしば合理的な判断ができず、それがさらに大きな損失を生んでいます。やはり悩んだときには、過去に投資したお金や時間にとらわれず、「サンクコストは忘れること」を肝に銘じてできるだけ冷静な判断をして、気づいた時点で損失は最小にしておいたほうがよいのでしょう。
 でも、このサンクコストの呪縛を逃れても、私たちには名誉やプライド、そして感情的な未練などといったさらなる呪縛があるので、これらすべての呪縛から逃れて合理的な判断に基づいてのみ生きていく、ということはほぼ不可能なのかもしれないなぁ、と自分に言い訳して、いつまで経ってもタンスの中で眠ったままの洋服は減りそうにありません。
 次回は秋田の二枚目精神科開業医の田代 哲男先生にお願いしましたのでご期待下さい。
 
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