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<ペンリレー>

発行日2011/12/10
市立秋田総合病院  片寄 喜久
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「原発のウソ」を読んで
 
 2011.3.11 誰しもが忘れられない日になりました。その日自分は乳腺の手術があり、外来業務を終え、いつもおきまりの丁酉会から買ったおにぎりとパン、ジュース(いったいいくら買ったのだろう、軽自動車は買えるよな、貢献してた)を普段通りに食べ、一息ついて「さー、手術だ」とザールでいつも通り着替えをすませ、手術場に入りました。無事麻酔導入も終わり、手術体位を取り術前超音波下の腫瘍マーキングも終え、「では手洗いにでも行きますか」と同僚の伊藤亜樹先生に声をかけた瞬間、おや、めまいか? 揺れてるぞ。ついに俺もあたった?と思った次の瞬間、ぐらっ、と大きな横揺れが始まりました。「おー地震だった。あたってなかった」と一安心したのもつかの間、横揺れはいっこうにおちつきません。手術台に横たわる患者さんが転落しない様に抱きつく形で抑え、身の安定を保ちながら、いっこうに収まらない地震に一抹の不安を覚え、これはやばいな、日本海中部地震の再来か、などと自問自答しながら、点状の無影灯は転落しないよな、何せ30年近くたっている病院だから、と無影灯を患者の真上から外し、地震が収束するのを待っておりました。地震から程なく停電となりましたが幸い自家発電が起動し、手術室は明るさを取り戻しました。この時の手術場スタッフの行動は目を見張るものがありました。地震・火災などの緊急時の対応マニュアルがあり、ちゃんと各自役割分担に基づき行動しておりました。たとえば手術室のドアが地震による建物のゆがみで閉まったままにならない様、ドアを開放し更には揺れで再度ドアが閉まらない様、両手で押さえて踏ん張る姿に、感動を少し覚えたのを記憶しております。この姿はまさに戦で立ったまま死んだとされる弁慶の姿そっくりでした。(ごめんなさいね)
 それから東北地方でとてつもない地震が発生し、甚大なる被害は筆舌に耐え難いことはご存じの事と思います。被害者の皆さん、いまだ辛い避難生活をされている皆さんにお見舞い申し上げます。
 ところで、最近本屋さんで「原発のウソ」という京都大学原子力実験所 助教でいらっしゃる小出裕章先生が書かれた本を読みました。すでにご存じの様にこの震災は地震・津波だけの被害ではなく、福島県にある第一原子力発電所にとんでもない原発事故が発生しました。これはまさに自分にとっては想定外の出来事でした。第一原発は、いわきの北に位置する実家からは直線距離でおよそ30数kmのところにあります。いわきは原発の町ではありませんが、秋田との往復にはいつも国道6号線を利用しており、その際必ず第一・第二原発の近くを走る事になります。浪江・大熊・南相馬(旧原ノ町)などは見慣れた町並みです。その町並みが今やTVの放送では人っ子一人いない(避難地域ですので当たり前ですが)廃墟と化しております。
 そのような思いがあり、今までは本屋さんで原発や震災の記事が載っている本に興味はありましたが、気持ちの問題か全く読む気になれず素通りしておりました。ところが、なぜかこの本に目がとまりました。今思えば2つの理由からと思います。一つは3.11から時間がたち、自分の中で心に少し気持ちの整理がつき始めていたこと、もう一つは小出先生の名前に覚えがあったためでした。小出先生は東北大学工学部原子核工学科の出身で、原子力に興味を覚え入学しましたが、勉強することで原子力の危険性に気づき、現在まで一貫して原子力政策に異議を唱えている方です。そのためでしょうか、いまだに助教なのです。この方が原子力政策を決定する様な偉い方と激論を交わしているのを以前ちょっと聞いていたことを覚えていました。討論の詳細は忘れましたが、小出先生の発言は素人の自分にも十分理解できる納得のいく説明でした。「あの小出先生なら本当のことを書いているだろう」と買い求め直ぐに読んだ次第です。
 その本には福島第一原発の今とこれからに始まり、放射線から身を守るためには、原発の常識は非常識、原子力に未来はない、と内容は多岐にわたります。一貫して原子力の危険性と脱原発を訴えております。その中で興味のあるところをご紹介したいと思います。
○安全な被爆は存在しない
 原発事故後、食料品・空気・土壌などから放射性物質が検出されますが、決まって政府からの発表は「ただちに健康に影響を及ぼす量ではありません」です。これ皆さんどうお考えですか?急性期の障害は無いけど、10,20,50年後はどうなるのでしょうか?子供たちの将来を考えると非常に不安になります。というのも、アメリカのBEIR(電離放射線の生物的影響に関する委員会)からの報告では「被爆のリスクは低線量にいたるまで直線的に存在し続け、しきい値はない。最小限の被爆であっても、人類に対して危険を及ぼす可能性がある。」これは“直線、しきい値なしモデル”、と呼ばれるもので、修復効果(低線量の被爆によりDNAの修復機能が高まる)やホルミシス効果(放射線に被曝すると免疫が活性され、低線量の被爆は安全である)と正反対の理論です。広島・長崎原爆後の長期的な結果から“直線、しきい値なしモデル”は間接的に証明される結果もある様で、個人的には“直線、しきい値なしモデル”には目から鱗の理論でした。では、通常被爆する機会の多い我々医療者は長期的には安全なのでしょうか?ふと心配になりました。皆さんいかがお考えですか?

○原発の発電コストは実際より異常に高い
 皆さんは原発のコストは安いと、言われているのをご存じと思います。しかしこれにはからくりがある様で、原発は一度稼働し始めると稼働率はほぼ100%、昼夜、曜日を問わず稼働し続けます。夜間は電力消費量が減少しますが、原発はそれに関係なく電力を作り続けますので、余った電力を消費するため「揚水発電所」を稼働させます。発電施設上と下に池を2つ作り、夜間に余った電力を使って下の池にある水を上の池に汲み上げ、日中水力発電として電力を作るわけです。この結果最終的に作成電力の3割を浪費するという結果になるのです。結局原発だけのコストでは安いのですが、このような付帯設備のコストまで考えると異常に発電コストが高いのが、原発の現状なのです。
○海水温上昇 
 原発では100万KWの発電能力があるとすると、原子炉内では実は300万KWの熱量が産生され、その3分の2の200万KWは冷却され廃棄されているのです。その冷却のため1秒間に70トンの海水で冷却し、その温度を7℃上昇させこれを海に放出しています。異常に高い海水温を原発近傍の海では観察されることになります。地球温暖化、海水面上昇の一因でしょうか?

○火力発電所のこと
 2005年の統計では、原発の設備利用率は約70%で、火力発電は48%でした。仮に原発を全停止し火力発電だけで総電力を賄うと仮定すると、火力発電所の利用率を70%まで上昇させれば、電力は十分間に合う計算になります。計画停電などは本来必要ないのです。老朽化や休止施設の再稼働、燃料コストの問題、CO2排出問題など火力発電の利用率を70%まで上昇させるにはたくさんの問題もありそうですが、日本には十分すぎるほどの火力発電所が存在する事は事実です。

 これ以外にもたくさん興味ある内容が盛りだくさんでした。この文章を読まれた皆さんは、いろいろな批判、ご意見などあると思いますが、原発に関する議論の発端の一助になれば幸いと思います。ありがとうございました。
 
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