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<ペンリレー>

発行日2010/11/10
秋田県成人病医療センター  熊谷 肇
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D51を運転しました
 
 学会の帰りに、大宮に移転した鉄道博物館に寄ってきました。日曜のため、家族連れがたくさん。疲れきったお母さん、どうでもよさそうな子供と、目を輝かせたお父さん。
 神田にあった頃の交通博物館には、しばしば訪れていました。あちらは鉄道ばかりでなく、飛行機や自動車の展示もありましたが、こちらは鉄道専門。さすがに豊富かつ充実した展示の数々に加えて、その展示物で何を見せたいのか、展示する側の意図がよくわかる展示方法にも感心。当然ながら、展示を企画した職員の方々も、相当の鉄ちゃんなのでしょう。
 興味深い展示物が山のようにあるなかで、今回訪れた最大の目的はD51シミュレータ。廃車体を使った本物の運転台に、操作機器類、計器類はすべて可動、さらに動揺装置まで搭載して、走行中の音響のみならず運転台の揺れや振動まで再現した、とてつもないシミュレータです。運転が比較的簡単な電車のシミュレータが、通勤電車なみに込んでいるのに対して、D51シミュレータはローカル線のように空いていました。
 体験運転をお願いすると、軍手を渡され、運転席に案内されました。軍手は機関士の気分を演出するというよりも、操作するレバーやハンドルなどの機器類が、本物の蒸気機関車の運転台のように、ぎらぎらと油ぎっているから。
 運転するコースは釜石線、岩手二日市~遠野、途中に綾織駅、20パーミルの勾配があります。運転席から見る景色は、前方の大部分を占める大きなボイラに視界を遮られて、前が良く見えません。スクリーンは前だけでなく横にもあって、通り過ぎる景色を見ることができます。
 いよいよ運転開始。
 私が運転する列車は、岩手二日市駅に停車しています。運転席の正面に鎮座した、自動車のハンドルのような逆転機ハンドルを右に目一杯回して発車に備えます。逆転機は、動輪のシリンダーに蒸気を送るタイミングをコントロールしており、速度や勾配に応じて、きめ細かく調整する必要があります。前方の出発信号機を確認し、「出発進行!」。床のペダルを踏んで汽笛一声、右手のかなり高い位置にある加減弁をゆっくり手前に引きます。ふた呼吸くらい置いて、なつかしい音と共に、私が運転するD51はゆっくり動きだしました。動いたところで逆転機ハンドルを左に回します。自動車のシフトアップのような感覚。そして左手の下に生えたドレン弁を開け、停車中に動輪のシリンダーにたまった水を吹き飛ばします。発車直後の蒸気機関車が、真っ白い蒸気をぶわっと吹き出す、あれです。動き出すと運転台がかなり揺れます。何かにつかまっていないと立っていられないほど。
 右手の加減弁をさらに開いて速度を上げて いきますが、逆転機ハンドルをちゃんと合わせないと空転します。速度と逆転機の目盛りの数字を足して80が基本。現代の自動車に慣れていると、牛歩のようにじれったい加速。しばらく加速を続け、次の停車駅の綾織駅が近づいたので、惰行に移ります。加減弁を前に一杯押し出して閉じ、逆転機ハンドルを右に一杯回し、左手のバイパス弁を開けてシリンダーへの蒸気の供給を止めます。場内信号機の進行現示を確認して駅へ進入、ホームが見えたあたりから制動開始。
 蒸気機関車のブレーキは、自動空気ブレーキと言って、ブレーキハンドルを操作してブレーキ弁を開き、列車全体に引き回されたブレーキ管に込められた圧縮空気を減圧することでブレーキがかかります。万が一連結器が壊れるなど、編成が離断されると、切れたブレーキ管が大気に開放されるため急減圧し非常ブレーキがかかる、堅実なフェイルセーフを備えています。このタイプのブレーキは、ブレーキハンドルを回した角度ではなく、ブレーキハンドルを回してブレーキ弁を開けた時間の長さによってブレーキが強まっていきます。
 ブレーキハンドルを常用ブレーキ位置に回し、ブレーキシリンダ圧力計を見ながら制動。速度が落ちたところでブレーキを緩めようと思っていましたが、走行抵抗が思ったより大きく、ホームの手前で停まってしまいました。電車でGOなら大減点。次の遠野駅では、これに懲りてブレーキを弱めにかけたところ、盛大にオーバーランしてしまいました。
 こんな面倒きわまりない機関車で、定時運転を実現していた往時の機関士には、本当に頭が下がる思いがします。運転そのものが職人芸。しかも熱と煙、盛大な揺れと騒音で、労働環境としても最悪。
 今回は機関士なので運転席の椅子に座ったままでいられましたが、機関助士だったら、D51は手炊きですから、走行しながら何トンもの石炭をシャベルで火室にくべ続けなくてはいけません。
 現代のデジタル化された鉄道ではおよそ考えられない、煩雑な運転方法と過酷な環境を後世に残すために、このシミュレータはたいへん価値があるものと思います。
 鉄道博物館へお越しの際は、ぜひ体験されてみてはいかがでしょうか。ただし、蒸気機関車の基本的な構造と運転操作については、事前に勉強されて行った方がよろしいかと存じます。

 
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