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<ペンリレー>

発行日2010/05/10
秋田組合総合病院  東海林 圭
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財布の思い出
 
 買い物しようと町まで出かけた~が、財布を忘れて愉快なサザ~エさん。財布を忘れてお店に行ったことは何度もあるが、あの時のことはまだ若かったので鮮明に覚えている。秋田大学に入学し、待望の一人暮らしが始まった頃のことだ。料理はわりと好きだったので、その日も献立を考えながらたくさんの食材をかごに入れ、いい気分でレジヘ…。いつものことだが、ここで初めてバッグの中に財布がないということに気づくのだ。さほど大きくもない近所のスーパーの中で、かご一杯に入れた食品を、元の位置を探しては一つ一つ棚に返していくのは、十代の私にはかなり恥ずかしかった。自分では全く自覚がなかったのだが、高校時代からの親友は、私の本質を早くから見抜いて密かに危惧していたらしく、私が無事に麻酔科医になってからというもの、彼女からの年賀状に何度この文面が出てきたかわからない。『テレビで麻酔事故の話を見るたびに、いつも圭じゃないかとハラハラしています。』えっ!なぜ?!少なくとも高校まではしっかり者というポジションだったはずなのに…。親友のありがたい心配のおかげもあり、重大なミスは一応仕事場ではおかしていないものの、仕事以外の場所では数え切れないほどの失敗を重ねてきた。
 大学病院勤務時代、珍しくバスで通勤したことがあった。病院に着き、降りようとしたら財布の中にお金がない…。嫌~な汗だけが吹き出てくる。どうしよう。当然ながら、周りの人は足早にどんどん降りて行く。吊り革につかまって立っていた研修医の私は、目の前の座席に座ったいた年配の上品な女性の前に立ちはだかり、恐る恐る声をかけた。『あの~、バス代を貸していただけませんか?』次の瞬間彼女は少し困った顔で、持っていたバスの回数券を一枚譲ってくれた。
 80年代後半から90年代前半は、麻酔科はどこの病院でもまだあまり常勤体制になっていなかったため、バイトがとても多かった。事故に遭っては大変という医局の方針から、皆電車で通勤していたため、週に何回かの朝は秋田駅から始まっていた。その秋田駅で切符を買おうとして、財布にお金がなかったことも一度ならずある。もちろん、朝はいつも時間ギリギリで、家にお金を取りに戻る時間などない。その日は東能代に行かなければいけなかったのだが、寝台特急あけぼのに乗るために必要なお札が一枚も入っていなかった。発車の時間は刻々と迫り、心臓の鼓動だけがどんどん早くなってくる。どうしよう。その時、土壇場の私はふとひらめいた。確か今日は大館労災に行く先生が同じ電車に乗るはずだ!入場券で何とか乗車した私は、犯人を追う刑事のごとく、一両一両あけぼのの車両をしらみ潰しに探していった。さぞや恐ろしい形相だったに違いない。そしてついに、寝台に横になって寛いでいた三期下のY先生を発見した。『先生、お金貸して!』声より先に出した私の手に、一年目の彼が無言で一万円札を差し出してくれた時、本当に後光が射して見えたものである。Y先生、元気かなあ。
 こんなに危ない橋を渡ったにもかかわらず、その後もまた同じ失敗をした。その日の目的地も同じ東能代だったが、患者の手術時間に合わせて、一本遅い急行津軽に乗る予定になっていた。東能代までの急行料金は千円でお釣りがくる。それなのに、私の財布にはまたしてもお札が入っていなかった。寝台特急あけぼのはとっくに発車していて、もはや前回のように頼る同僚もいない。しかし、その電車に乗れなければ患者の手術時間に間に合わず、多大な迷惑をかけてしまう。その頃の私はカードの一枚も持っておらず、いくら考えてももはや妙案は浮かばない。万事休す。ぼーっとして立っていた私の目に、駅ビルの中の写真屋さんの優しそうなおじさんが映った。ダメで元々!意を決して写真屋さんに入り、『怪しいものではありません。…千円でいいので何とか貸していただけませんか』と事情を話して懇願してみた。充分に怪しい・・・。それなのに店のおじさんは『千円でほんとにいいんですか?』と言って、見ず知らずの私にご親切にも借用書一つ取らずに千円貸してくれたのだ。あー、何ていい人なんだ!無事に仕事を終え、現金で支給された交通費から借りた千円を返し、残りのお金でアルバムを四冊(グリーン車の料金だったので)買って帰った。
 その後現在の職場に移り、朝慌ただしく電車に乗ることもなくなったので、さすがにこの手のヘマはしなくなったが、その後も数々の失敗をして今日まで来た。サザエさんみたいだねと笑われていた私も、気づけば歳はもうフネさんに近い。秋田の皆様から今までいただいた温かいご恩に、そろそろお返しをする番かもしれない。次回は、いつもしっかりしてとっても頼れる、同僚松本聖子先生にバトンタッチ。
 
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