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<ペンリレー>

発行日2010/01/10
中通総合病院  千葉 満郎
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昔を想えば
 
 昔を想えば、今は豊かになった。昔(歴史)を想えば、多くの私ども日本人にとって、今は天国のようなものである。食べるものがあり、着るものがあり、住む家があり、戦争がない。しかし、これは日本が先進国になって豊かになってからのことであり、ここ数十年のことである。昭和初期でも、生きていくためには娘を売らねばならなかった人がいたし、太平洋戦争はわずか65年前のことである。
 私は、第二次世界大戦敗戦後の生まれ(1948年)であり、日本が窮乏期から先進国に発展する時代をともにした。今思えばそれは貴重な体験である。若い世代の方は、自由志向の学校教育で歴史を選択しない人も多い。豊かさが当たり前の環境で育った方は困難に直面した場合、歴史を知らないと不幸に感じやすくなるのではあるまいか。歴史を知れば、不幸に感じている殆どのことは昔よりは「まだいい」と思えるに違いない。永い圧政のもとでは、人々は、ひたすらそれが過ぎ去るのを耐え忍んだ。人々は生き延び今日に繋がっている。
 豊かになっても、なお、人は欲が深い。衣食足りてもなお経済発展を願い、他国との軋轢を生じているように思える。繁栄は順繰りのようである。アジアでは、日本次いで韓国、そして現在中国、インドが繁栄しつつある。経済が優先される現在の仕組みは多くの弊害をおこしており、医療もその例外でない。現在の経済学の限界のように思われる。不況や無職者を生まない経済の仕組みが考えられないものなのか。
 個人レベルでも、われわれの欲が病気を生みだしている。多くの人が、腹いっぱいになってもなお食べ、必要以上に食べている。結局、肥満、糖尿病、脂質異常症をおこしている。飢餓の克服への永い歴史を知れば、食べ過ぎて病気になるなど先人に申し訳ない想いである。
 私の専門でCrohn's disease(クローン病)、潰瘍性大腸炎という慢性の腸疾患がある。厚生労働省指定の原因不明の特定疾患(難病)である。もともと欧米の病気であったが、ここ数十年、日本で増えている。クローン病は、完全静脈内栄養、末梢静脈からの点滴または成分栄養で、食べないでいると病勢は落ち着く。しかし、食べ始めるとまた病勢がましてくる。そのため、食べられない病気として特異的であった。豊かさに伴う食事摂取変化の歴史、クローン病の疫学を知れば、クローン病は、西洋化した食事(動物性食品の増加、穀類を含む植物性食品の減少、砂糖の増加)による豊かな国の病気と気付く。つまり、クローン病、潰瘍性大腸炎は豊かな国にみられる食事を主とした生活習慣病と考えられる。動物性食品を控えるsemi-vegetarian dietを継続すると、クローン病の再燃は大幅に防止され、世界で報告された治療成績より遥かに優れている。活動期治療に現在は秀でた薬infliximab(Remicade)があり、infliximabとsemi-vegetarian dietで初発の活動期のクローン病は確実に寛解に導入できる。10年前に比べると奇跡のようなものである。
 小さい頃、多くの先生から「よく学び、よく遊べ」と言われたものである。昔の先生方に、深い意味があって話していたとは思われない。しかし、この言葉は豊かになった現代人への健康維持への至言と思われる。機械が仕事をし、車で移動し、体を動かさなくなって、運動が健康維持に必須のものであることがはじめてわかってきた。高齢化社会では認知障害、廃用症侯群、寝たきり老人を抱える。いくつになっても、脳を刺激し、体を動かすような環境が健康維持に必要である。最近、私は自動車通勤を控え、バス停留所から職場まで10数分歩くことにした。小学校、中学校、高校へ通学していた頃は、今以上に距離があったと思う。
 豊かな社会では、豊かと便利さが病気と繋がっている。先人の苦労を偲べば、その落とし穴に賢明に対処したいものである。

 (このペンリレーは、飯塚政弘先生から引き継いだものです。次回は小松眞史先生にお願いします。私を含めまして3人の共通点は「剣道をやった」ことです。)


 
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