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<ペンリレー>

発行日2008/02/10
とおる内科医院  高橋 徹
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メタボリック雑感
 
 人は便利に慣れてくるとあえて不要な努力を省略する。悲しくも現代人の(自分を含め)行動様式からそういう一面が見受けられる。人の生物学的進化のスピードに比ベインフルエンザウイルスの変異速度は約100万倍と、とてつもなく速いことが知られていますが、そこまでいかなくても人の周りの生活用品や生活環境の変化は人の進化のスピードよりはるかに激しく、その変化のギャップが増幅しているのは紛れもない事実です。この結果はエントロピーの法則から乗り物や便利用品をうまく活用し、身体的には最小のエネルギー消費で済ましてしまう省エネモードになってしまい、余分なエネノレギーは体脂肪-内臓脂肪蓄積の方向に向かってきます。何をいっているのかというと勿論、現代のメタボリックシンドロームの背景要因についてです。いままさに日本はじめ先進国の中では肥満、生活習慣病の蔓延化が席捲しており、世界で肥満人口は10億人に達するとの推計があります。一方、対極的に貧困がもとでの栄養障害-飢餓状態にある人口も少なくないといえます。日本の平成16年、18年の国民栄養調査でメタボまたはその予備群が40歳以上でみると男性で2人にひとり、女性でも25%強との実態が報告されています。唖然とするデータですがこれがまさに現実の姿です。特に秋田県は完全に車社会になっており、マイカーの普及が都市部にくらべ圧倒的で、この結果自分で歩く時間や筋肉活動の機会が恒常的に極端に少なくなりがち(特に男性ビジネスマンで)の日常が深刻な内臓脂肪蓄積型肥満につながっています。この結果はいうまでもなくインスリン抵抗性増大-レニンアンギオテンシン系の活性化等で高血圧症、糖尿病、高LDL-コレステロール血症等各生活習慣病の進展-その結果としての動脈硬化症の進展-運が悪ければ脳梗塞、心筋梗塞、閉塞性動脈硬化症と限りなくメタボの世界をまっしぐらにつながっていきます。こうしたことは冷静に考えれば平均的な現代人がとかくはまりやすい日常の現実的姿そのものであり、文明、文化の発展やその恩恵と裏腹に身体内に潜行する病的破綻のシナリオそのものといえます。診療所の医師または職場の産業医としてこうした病態をもつ人や健診でチェックされた人にいろいろ生活習慣改善の指導をしているわけですが、中には深刻に受け止める人もいれば、実感がわかないせいか他人事のそぶりの人も少なくありません。後者の場合は外来で20~30分前後口角泡ふきの説明しても、さほど手ごたえなく、あたかも糠に釘を打つような無力感に襲われることがあります。まさに現代人の病根の一つは体脂肪蓄積進行とそれを自覚しない危機意識欠如そのもの、および自覚しても改善に向けた生活習慣改善のシナリオを実行できないでいる人が多すぎることにあると思われます。
 こういった場合、賢明な臨床医はこうした生活習慣改善療法への抵抗グループにどうむきあって対応されているのでしょうか。やはり根気強く何度も何度も説明、改善指導を継続していく努力を惜しまないことでしょうか。ひとつに健康体であるという意識の中に冷静に将来の自分の不健康病態をシミュレーションしていく視点が有効な場合もあると思います。すなわち、内臓脂肪を減らし脱メタボ、脱生活習慣病のための危険要因の削除は、ほかならぬ何よりも自分自身にとって最大の利益や恩恵であり、自分自身の健康管理の最たる課題であること、つまりは自分自身の健康のためであるというきわめて単純ながら素朴なその事実に目覚めてほしいということです。メタボかかえ、動脈硬化進行、臓器障害(梗塞)、認知症、ある種の癌発症をみて何かいいことがあるのか。こうした不健康習慣のつけは結果としてあまりに負荷が大きいことは一目瞭然です。心身とも病的で働けない(就労不可)、家族介護さえ必要で家族の負担も大きい、収入はなし、医療費介護費用も重く背負う、家庭内が暗く閉鎖的になりがち等一本人や家族にとってまた社会にとっても何のメリットが無いという暗い現実をシミュレーションし、そこから逆にそれを予防していくプログラムを本人にしっかり認知してもらうことが大事です。実際、京都大古川雅一先生(医療経済学)の推計では太りすぎの医療費は高くつくと。標準体形の男性が20キロ太ると、糖尿病や高血圧になりやすく、年間医療費が2.1~1.3倍に跳ね上がるとのこと。脳梗塞や心臓病など臓器障害や逆流性食道炎、睡眠時無呼吸症候群などの肥満関連疾患を伴えばさらに加速的に個人医療費は高騰していくことは明白です。便利さは時として危険性と表裏一体にあるという認識も忘れてはいけない一面があります。
 院外調剤薬局のドライブスルーがあったかと思うと、外国の一部地域では予防接種のドライブスルーも登場したという話を聞いたことあります。車の窓から腕を出して「はーいインフルエンザの予防接種です」と注射を刺し終えるや否や颯爽と車を飛ばして立ち去るのは昔風にいえば月光仮面的早業でありますが、途中でアナフィラキシーなどに遭遇するリスク認識はまったく蚊帳の外という感じです。
 便利さとリンクしていると思われることの一つに自己本位で安易な考えや他に対する思慮欠如、クレームの多さもあげられるかもしれません。例えば外来で30分も待っているとイラつき興奮し何とかならないかと催促し、そのくせ自分の診察の番ではいつも20~30分はいろいろ訴え、説明を求めることに平気でいる人種に遭遇することは時折あります。産科方面では特に何かトラブルとすべて医療過誤でないかとクレームや攻撃的態度がとても多いと聞きます。その認識は患者さんやその家族のみならず、一部マスコミ等でも誤解や誤認識され、過剰報道や非難中傷的コメントが横行している場合も少なくないと思います。福島県で起こった産婦人科医師への逮捕事件なども医療への過剰な安全神話が背景にあったのかもしれません。最近はクレームが多いのは学校や医療現場がトップクラスとのことですが、時として一方的なクレームがあり、クレームに対応しているとまた新たなクレームが噴出-クレーム連鎖現象という事態に現場が陥りやすいこともあるようです。社会保障費ではこの20年あまりの間、軒並み国民総生産(GDP)あたりの社会保障への国庫支出総額の比率で日本以外の先進国ではおしなべて増加(特にイギリスで)に転じています。医療の進歩により専門的な多様な医療従事者や医療機械、器具、設備、検査が求められ、また病人がその進歩した医療の恩恵に浴せるよう希望ありです。すなわち医療の質も量もあがってきていることの当然の結果といえます。日本では高齢者増進行から医療費の伸びをとかく抑制しようとして先進国の医療政策と逆行し、社会保障費への支出削減を続けています。この結果、多くの総合病院や一部診療所ではかなり経営的危機に陥っています。特に地域総合病院での経営が赤字に転じ、人手不足、書類雑用多い(メデカルアシススタントやクラークが日本では医療コスト削減の中、ほとんど採用されないため担当医の仕事に重なる)、患者や家族からのクレームの中、長時間過重勤務を強いられている実態が指摘されます。低医療政策がこのまま続くか、さらに進行していけばいずれ地域医療崩壊の危険をはらむ状況が危惧されています。医学医療は以前に比べ格段に進歩し、結果として医療安全性も高まっていることは事実ですが、なお医学医療の不確実性についても配慮が求められます。個々の病態や病状、進展度、体力免疫力等の多様性あり、まして数少ない情報の中で数少ない診療スタッフの中で早急に医療行為を行う場合など、すべて正確無比にとはいかないこともありです。年金記録でもコンピューターヘの個人登録における誤記入が大きな問題になっています。アメリカでも年間あたり800万件の個人年金誤記入ありと報道されたのを聞いて多少不安を感じましたが。とかく人は間違いを犯しやすいものというのは古今東西どこでもありなのでしょう。日本より患者さんあたり約3倍の医療スタッフの多いアメリカで医療過誤の発生頻度は日本と大差なしとも聞きます。もちろん医療現場はいつも安全性を求め最大の注意や配慮、安全体制確立を続けていくことが肝要であることは当然ですが。
 話がやや脱線しがちですが、とかく便利さの生活に慣れてしまうと何でも簡単に確実にできて当たり前という安易な考えが支配的となり、一方で思慮、思いやり欠如がいろいろな臨床上の医療問題にも、つながっていると感じています。これとは対極的に、とても誠実で真摯に医療スタッフの説明や治療など指導に耳を傾け、思慮や配慮に欠けることなく、疾病予防や治療に懸命に専念努力される患者さんやそのご家族方々も少なくなく担当医として救われる気持ちになります。後者のほうが脳内ドパーミンの放出も良好で意欲もわき、精神衛生がよく、回復も順調となることが多いと感じます。
 減量のためにまたお腹まわり減らすこと(内臓脂肪減少)めざして健康器具を購入して最初の1週間前後はまじめに取り組むものの徐々に遠ざかり、数か月以降は部屋の隅に、ただ埃をかぶって陳列してあるだけの人、腹八分目がいいと納得しながら早食い過食で数か月後にはお腹まわりがますます膨れている人、タバコ禁煙指導をうけ、うなずきつつもまた喫煙コーナーでさりげなく喫煙している人等々多いですね。
 理想を誰しももっているが、職場や人間関係の中でのストレス等で突如としてバランスを崩し、現実と理想のギャップ、谷間におち込み精神の安定を失いやすい人が少なくないのかもしれません。過食や飲み過ぎ、タバコもやめたいのだが止めようと思っても止められない、こうした解離性障害の中で時として不安、焦燥、不眠、自己嫌悪等に陥って健康からは程遠い日常にあけくれている方々。本当は善良で真面目な愛すべき人間なのでしょう。ただちょっと甘えや依存心、強い志向性があるため、忍耐力、協調性を欠くことでうまくいかないこともあるのでしょう。こういう方々にメンタルケアしながら脱メタボリックをめざしての指導や治療をしていくことが臨床現場ではまた大事なのでしょう。
 最後にサラリーマン川柳(第一生命保険サラリーマン川柳コンクールから)を少々。1位「脳年齢 年金すでに もらえます」。2位「このオレに あたたかいのは 便座だけ」と現代の社会や家庭事情を皮肉った作品。3位「犬はいい 崖っぷちでも 助けられ」上位10位「イナバウアー 一発芸で 腰痛め」「脳トレ やるなら先に 脂肪トレ」。
 次回は市立秋田総合病院皮膚科小関史郎先生にお願いします。
 
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