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<ペンリレー>

発行日2007/10/10
泉皮膚科クリニック  村井博宣
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私の好きな時間
 
 酔い果てて憎きもの一つもなし 
 ほとほとわれもまたありやなしや
               若山牧水

 自他共に認める、酒飲みです。それも、美酒嘉肴でなければのタイプでは、ありません。 先代の三遊亭金馬の得意とした、「居酒屋」という落語があります。酒飲みの職人が小僧さんをからかいながら、楽しそうに飲んでいる話です。「出来ますものは、つゆ、はしら、たら、こぶ、あんこうのようなもの。ぶりに、おいもに、すだこでございまーす、ふぇーい」で、おなじみですが。結構、いい肴がそろっているじゃないかと、突っ込みを入れたくなります。子供の頃、NHKのラジオで聞いた、「居酒屋」が私の好きな居心地のよい酒場の、根っこになっているかと考えると、空恐ろしくもあります。
 ちくま文庫から、「下町酒場巡礼」、「下町酒場巡礼 もう一杯」の二冊の本が出ています。著者三人が、強烈な個性を感じさせる大衆酒場への、お遍路、巡礼の旅と呼ぶ八十八店舗の記録です。
 その中に登場する、気になる店に、時間を見つけて出かけました。南千住、千住、浅草、浅草橋、新小岩、東十条など。
 最近は、行く場所も大体固定、京成立石、北区赤羽がお気に入りです。
 京成立石駅前には、もつ焼きの名店「うちだ」や、立ち食い寿司屋「栄寿司」など、低価格で美味しく、強烈な個性と雰囲気のある店が目白押しです。商店街も、昭和30~40年代の懐かしい佇まいです。京成線沿線の大衆酒場については、「酔わせて下町」という、インターネットのホームページが充実しています。また、「うちだ」のお客さんが作っている、「宇ち入り倶楽部」も、「うちだ」への愛情溢れるホームページになっています。
 とても気に入っている酒場が、赤羽に2軒あります。「いこい」と「まるます家」です。
 「いこい」は、立ち飲み屋で、「下町酒場巡礼 もう一杯」に登場する店です。また、敬愛する中島らもも、この店を訪れています。その時の事が、「せんべろ探偵が行く中島らも酔いどれ紀行」に掲載されています。「せんべろ」とは、千円でべろべろになるほど、飲める店のこと。彼は、2004年7月26日、酔って階段から転落、脳挫傷、外傷性脳内血腫のため52歳にて、死去。命日は「せんべろ忌」。さて、その「いこい」ですが。朝7時から営業。10m四方位の広さに、U字型のカウンターと長方形の立ち飲みテーブルが数個。カウンターの中には、季節によって、煮込み、おでん、すいとん、煮物、八宝菜などのなべが2~3種類、ガスコンロにかかって、湯気を上げています。これも含め、メ鯖、まぐろ刺しなどのお造り、おから、野菜の煮物、ポテトサラダ、おしんこ、揚げナス煮浸し、揚げたて野菜天、などなどが、すべて110円。各種もつ焼きも、3本220円と驚異的安さ。飲み物も、「ビール(大瓶・生380円)」「ハイボール(180円〉」「レモンハイ(220円)」「生グレープフルーツハイ(280円)」「日本酒(180円)」、とにかく安い。会計はキャッシュオンデリバリー。カウンターに置いた小銭から、注文品を置くと同時に、代金を持っていってくれる。おやじさんは60代前半か、筋肉質でパワフル。店は年中無休で、朝7時から夜10時まで、日、祭日も午後1時まで営業。おやじさんの、きびきびとした無駄のない動きや、カウンター越しの飲兵衛達の顔も、酒の肴になる。気分が良くなったところで、歩いて数分の「まるます家」へ。
 「まるます家」は、私の最高酒場。通いだしてから、7~8年になると思う。といっても、東京のこと当然年に数回しか行けないが、居心地がよい。カウンターに座っていると、帰ってきたという感じがする。「鯉とうなぎの店」であるが、食べ物のメニューは豊富。定番が100品弱程、それに刺身や「松茸の土瓶蒸し」など季節ものが、20品程度、短冊が壁に所狭ましと貼られている。朝9時から開店、昭和25年創業で、私と同じ年、懐かしさを感じるも当然かも知れない。
 店は、コの字が二つつながったW型のカウンターで、鶯色のデコラ張り。
 これもノスタルジックでポイントが高い。カウンターの中では、おばちゃん数名が、テキパキと注文をさばいていく。みんな元気で客あしらいが上手だ。WのVの合わさる所に、大きな板に針金の棒が突っ立っている、管制塔とでも呼べるような場所である。高音でよく通る声のSさんか、低音でどすの効いた声の女将さんが、陣取っている。
 カウンターの座る位置に番号が付いていて、「○○番さん、たらこさっと炙り」などと注文を受けると、管制塔でそれを復唱して厨房に伝え、番号の針金の棒にプラスチックの札を刺して勘定する。ひっきりなしで客が出入りするこの店ならでの知恵である。
 また、この管制塔のからの声、カウンターのおばさん達の注文の掛け合いも心地よい。「トロブツ一丁」、「○○番さん、ねぎヌタがまだでない」などの声が行きかい、ポインターシスターズの歌声を聴くようで、思わずほくそ笑んでしまう。

 十五から酒を飲み出て今日の月
                宝井 其角

 唯の酒飲みになって、居心地を楽しんでいるそういう時間が好きです。
 最後に酔って作った下手な、私の歌を。
 見つめてる食べてしまった小鯛の眼
                宇宙始まる宇宙が終わる

 次回は、のりこ皮膚科、佐藤典子先生にお願い致しました。
 
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