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<ペンリレー>

発行日2007/10/10
秋田赤十字病院  大内慎一郎
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尽きない悩み
 
 ある有能な外科医がいた。私がその先生と出会ったのは、まだ研修医2年目であった。頭も切れたが手術も非常に上手で早かった。胃のリンパ節郭清はハサミを手に動脈周囲の神経叢を直接切り込んで行った。不思議と出血はせず、最後はムキムキの血管がドキドキ拍動しながら振動していた。病院は、当時仙台の「大学病院のお膝元」と呼ばれた病院で、大きな手術はその先生が手がける事が多かった。食道癌の手術もその先生がすることになっていた。しかし、年に数例手がける食道癌の手術成績だけは極めて不良であった。術後1週間もすれば、ことごとく縫合不全をきたした。頚部のドレーンから大量の膿が排出し、目の前で窒息のように亡くなっていくこともあった。先生は食道癌を専門とする教室の出身でないため、見よう見まねで覚えたものであった。患者さんが亡くなると「再建する胃管の血行の具合に問題があると思う。数多く手がけた経験でしかわからない独特な勘どころがあるに違いない」と言っていた。確かに、その後、食道癌の手術成績は年間数十例を越す施設が年間数例の施設の成績より有意に良いことが明らかにされた。
 あれから20数年たった現在、手術は安全に行われるようになり、手術死亡率も1~2%に減少した。しかし、私の中では食道癌は今なお、さまざまな問題をはらんだ疾患と言える。近年、消化器疾患に限らずさまざまな疾、患にガイドラインが作られ、適正な治療を施設格差なく行えるよう配慮されてきた。食道癌にも進行度に応じた治療法が明示されている。内視鏡的に切除できない食道癌の治療法には、手術と放射線化学療法が対峙している。言い換えると、同じ進行度の食道癌に手術と放射線化学療法があり、その選択は患者さんと医師の合意に委ねられている。食道癌の手術はする方もされる方も大変なことである。同じ土俵に手術と放射線化学療法があって、どちらも推奨すべき治療であれば放射線化学療法に走るのは当然と言えよう。StageⅠ症例の放射線化学療法の2年生存率は93%と極めてよい成績が示されている。ならば放射線化学療法を勧めるべきところであるが、ここで最近クローズアップされてきたのが食道癌のサルベージ手術(救済手術)という概念である。StageII~Ⅲの放射線化学療法の3年生存率は40%~50%程度で癌が遺残、再燃してしまう症例が少なくない。これらの症例には手術という選択枝しか残されておらず、いわゆるサルベージ手術(救済手術)が行われる。サルベージ手術により治癒症例も得られるが、一方では60Gyもの照射後の線維化の高度な手術野と、照射後の晩期合併症の心毒性のために手術死亡率も高くなっている。そのため、手術は通常の郭清は行わず縮小手術にとどめるべきであるという提言もなされてきた。手術に比べれば化学放射線治療は侵襲が少ないからと患者さんに勧めて、時期を置いて癌がかま首をもたげて出てきたとき、胸を開いたが十分な切除できなかった、あるいは、自分の能力を超えていると他の専門医に手術を依頼するのでは、最後は患者さんの信頼を裏切り、失望させることになるであろう。
 かつて、先生が再建臓器の血行で苦しんでいたように、私も見よう見まねで手術を覚えてきたが、何が正道か本道か解らぬ混沌とした現状をみると、毅然として患者さんに選択すべき道を手助けできるかどうか、迷いを感じる。
 次回の執筆は同僚の作左部先生にお願い致しました。
 
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