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<ペンリレー>

発行日2006/12/10
健生クリニック  阿部弥生
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温故知新
 
 個人開業医の先輩でいらっしゃる玉川純雄先生よりバトンを頂戴し、先生の「生前葬」と形容された大作のあとには、いったい何を書いたらいいのだろうかと途方にくれている状態です。しかし、人間であることの意味について最近少し学んだことがありましたので、それについて書こうと思います。
 心療内科という科を標榜していて、脳という臓器を日々意識して生活しております。すると、その多様性や奥深さ、そして環境との相即性を意識させられます。温故知新で、脳すなわち人類の進化の歴史を覗いてみると、そこにはまた広大な原野が広がっていました。
 あるきっかけからthe Jane Goodall Institute Japanという霊長類の研究グループに所属し、実際のフィールドに行く機会を持つことができました。そこはタンザニア。チンパンジーの研究所なのですが、我らホモ・サピエンスの発祥の地はこの国の周辺に違いないという説が大変有力です。(約20万年前でアフリカ人であることは確かです)国立博物館でホモ・ハビリス(ホモ・サピエンスにかなり近いところに位置するホモ属、「器用なヒト」いう意味)模型を見たときには、夢中でシャッターを押していました。
 このハビリスが約200万年前のホモ属で、まだ樹上生活が主体であり、石器を用いてライオンやチーターなどの肉食動物の獲物の残り物から肉片を取り出したと考えられています。ヒトが狩猟をするようになるのは、まだずっと後のことになります。しかしこの肉食が大型化した脳を養うためには必然だったわけです。サバンナでは、ゾウやキリン、ガゼルなどの多くの草食動物が一日中草を食べている一方で、ライオンなどは大体が集団で寝そべっております。食物から高栄養のエネルギーを得ることは時間を得ることにも繋がっていると実感しました。しかし、ホモ属は眠ってはおりません。約100万年前のホモ・エルガステルは「働くヒト」という意味がありますし、われらホモ・サピエンスに至っては「知恵ある人」の意味を頂戴しているのです。
 さて、霊長類の祖先たちがなぜ樹上生活であったのか、その樹上生活とはいったいどんなものなのか私には全く想像がつきませんでした。タンザニア国内には各駅停車のように停まる飛行機があり、キゴマで降りてそこから先は陸路がないために小さなボートで湖上をすすむこと3時間、野生チンパンジー研究のフィールド、ゴンベがあります。そこは国立公園として保護されているため、今でも熱帯雨林のジャングルがそのまま残っています。Ever green forestと本に書かれているように、そこは天高く生い茂る高木から低木、それらにからまるつた、その空間全体を埋め尽くす植物によって、小高い山々や谷間がすっぽりと覆いつくされ、まるで緑の天蓋に入ったような感覚です。乾季ではあったものの、谷間を流れる小さな川の蒸気が植物の呼吸と溶け合い、その空気のなんともいえぬ密度の濃さ。峡谷には25m程の高さの滝がありJane博士は「わたしはいつもその滝に行くたびに圧倒され、そこに霊的なものを感じていた」と著書に書いています。さらにチンパンジーも畏怖に近い感情を持っていると述べており、私は霊長類はまさにこのような霊的な環境があってこそ生まれた生き物なのではないか、と感じました。霊とは、そこにあるものの意味を感じ取る能力と考えます。自然に保護されているため、人が歩くための道などありません。落ち葉で滑りやすい斜面を歩くのですが、倒木の間をくぐり、手でしっかりと木の枝を掴まないと、谷間に落ちてしまいそうです。移動するための手段にこんなに手を使ったのは初めてです。結局滞在中には2頭のチンパンジーにしか出会えませんでしたが、チンパンジーがお昼寝用のために作ったというベットを見つけることができました。枝を器用に折って作られており、登って寝そべってみるとなんとも寝心地がいいのです。夜に寝るためのベットは、木の高いところに毎日作り替えるといいます。木の上で寝ることが出来る!ということは、樹上生活ができるということなのですね。しかし、そんな居心地のいいジャングルを出ていかなくてはならない宿命がヒトの脳にはあったのだと思います。
 環境を知らなければわからないこと、を実感すると同時に、環境が生き物をつくっていることも感じました。しかし、現在のヒトは栽培と家畜化によって食物をコントロールし、環境を変えています。このような環境の変化が、今度はどんな生き物をつくっていくのか、興味と不安があります。毎年Jane Goodall博士は来日して、地球環境のための講演を行っています。興味のある方はhttp://www.jgi-japan.orgまでどうぞ。 
 走行距離が短く申し訳ありませんが、今度のバトンは一緒に開業している夫に回します。 
 
 ペンリレー <温故知新> から