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<ペンリレー>

発行日2006/06/10
今村病院  伊藤研一
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つれづれ
 
 2005~2006にかけての冬は数十年ぶりに記録を塗り替える大雪だった。僕も7歳から秋田に住んでいるが、これほどの雪を見たことがなかった。ある朝、起きると腿を越える高さの雪が積もっていた。妻と娘に見送られ、駐車場に行くまでに気分は南極越冬隊だ。「がんばれ~。もうすぐ昭和基地だ~。」僕の昭和基地たる4WDのワゴンは雪に覆われて小山のようになっており、雪かき作業では遺跡の発掘隊となった。「注意しろ~。そ~っとだ。そ~っと出すんだぞ。」4WDの背の高い車は頼もしく、雪にタイヤをとられることなく70~80センチの深さの雪を踏み潰し、押し分けて進んだ。「おれは除雪作業員だ!みんなの道路を守るんだ~。今行くぞ、待ってろ~。」国道に出るとさすがに車道の雪はある程度踏み固められているが、歩道はと見ると、歩道は無くなっていた。ガードレールごと雪に埋もれており、国道には車道しかないのであった。通勤、通学の人々はやむをえずゾロゾロと車道を歩いている。もとより車も大渋滞でそろりそろりとしか進まない。人々は車の間を縫うように進んだり、信号が無い場所で横断もしている。歩行者天国に紛れ込んだ運転手と思うべきか、それとも紛争地域から脱出する民族大移動と思うべきか。いや、それでは気が滅入るから戦争映画で観た戦勝祝賀パレードだと思おう。大きな雪がふわりふわりと降っているように見えるが、これは道路沿いのビルの窓からの紙ふぶきと紙テープだ。皆、手に手に国旗を持って振っている。「ありがとう!おめでとう!ばんざい、ばんざ~い!」そして、遅刻した。

 子供時代、僕は虫が大好きだった。カブトムシ、カミキリムシ、ノコギリクワガタなどを眺めては惚れ惚れしていた。それに較べて植物は、子供の僕を魅了しなかった。虫に較べて動きが無く変化がよくわからない。「ふんっ、植物なんか!」と思っていた。でもここ数年40代になった僕は変わった。春に咲く、菜の花やスイセンやチューリップの赤、白、黄色がなんと綺麗なことだろう。あの色は僕の視覚だけでなく、脳のどこか奥の方を心地よく刺激してくるではないか。桜が咲き誇って散っていくさまは、人のありようの何かを毎年、教えてくれるようではないか。「やるな~!植物!」綺麗だから写真を撮りたい、と思っていた。4年前、娘が生まれた時に趣味として写真を始めた、以前からカメラという機械の精密さや機能性に惹かれてはいたが、ハマるのが怖くてコンパクトカメラぐらいしか持たないことにしていた。しか~し、娘ができたのだ。綺麗な花の前で微笑む娘を撮らないわけにはいかない。娘の成長を記録するのは親の義務ではあるまいか。そうそう、もちろんそうに決まっている。成長した娘が言う。「パパ、どうしてわたしの子供のときの写真は他の子より少ないの?」いやいや、そんなことは言わせない。断固、カメラを買わねばっ。また娘はこんなことも言うだろう。「パパ、どうしてわたしの子供のときの写真はうつりが良くないの?チューリップの色だって鮮やかじゃないわ。」そ~か、そ~来たか~。わかった、いいカメラだな?そしていいレンズが必要不可欠だということだな?娘よ。パパはがんばるよ、負けないからね。と、いうわけで、ライカとコシナとコンタックスのレンジファンダーカメラ4台と一眼レフカメラ2台、交換レンズ7~8本と、デジカメは買い換えて3台目、念のためにポラロイドカメラと、そしてこれらの機能を保管しておくのにどうしても必要な除湿庫が家にある。妻よ、許しておくれ、しょうがないんだ。
 
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