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<ペンリレー>

発行日2005/11/10
市立秋田総合病院  橋爪隆弘
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ケラマの海
 
 昨年10月福岡で開催されたDDWの前日に、県立那覇病院の招きで沖縄に行く機会に恵まれた。卒業してから数年間、夏休みになると西表島にスキューバダイビングに通った時期があった。珊瑚の島々とイルカの群れ、星砂の海岸、完熟のパイナップル、満天の星空は1年分の疲れを癒してくれた。とはいっても沖縄本島を訪れるのは今回が初めてである。
 羽田で飛行機を乗り継ぎ、午後8時前にホテルに到着。ツアーデスクにすぐに駆け込んだ。「ファンダイブができるショップを紹介してください。」
 翌朝は快晴である。乾いた風が吹いているが、半袖のポロシャツが丁度よい。間もなくホテルの玄関に、古いワゴンがやってきた。
 塩水でボディが錆付いている。きれいに日焼けしたショップの女性が、明るく挨拶をしてきた。後部座席に座ると、問診票を手渡された。ダイビングのブランクは約10年。これまで約50ダイブ。中性浮力は可能。健康状態は問題なし。
 「お仕事でいらしたのですか」「はい。今日の夕方が仕事で、昨日遅くにこちらに着きました。」昨日まで、台風20号の影響で海が荒れて潜れなかったようだ。「今週火曜日から来ているお客さんは、今日初めて潜るのですよ。今日が初日とは、ついていますね。」台風が九州地方に抜けて、北風が吹いているらしい。沖縄も秋になったようだ。
 出発前にクルーザーのデッキでブリーフィングが始まった。今日のメンバーはゲストが8名。スタッフが4名。ポイントはケラマ諸島の南端。台風の影響で、うねりが少し残っている。海の状態は良好で、希望するなら3ダイブは可能。ポイントまで約1時間。午後4時までには帰港予定。中級のBグループで自分の名前が呼ばれた。私以外は3名とも30歳前後の女性で、関西出身のようだ。バディはスタッフの男性と組むことになり安心した。50歳代の女性は上級のAグループ。スーツも機材にも年季が入っている。今年だけで10回目のケラマだそうだ。
 約1時間のクルージングとはいえ、うねりがあり結構揺れる。ディーゼルエンジンの音と窓をたたきつける潮の音が波を砕く度に響いてくる。室内の壁にもたれかかるように、深く腰掛けた。遠くに見えているケラマの島々の影が形を変えていく。コバルトブルーの海と反射する日差しが眩しい。
 ポイントに近づき、旋回する。船長の指示に従いスタッフがアンカーを降ろす。ゲストはデッキから作業を見守る。透明度は15m以上はありそうだ。水深はおおよそ10m。岩場の根には、珊瑚が見える。うねりがあり、デッキにいると船酔いしそうだ。機材を背負うと足元がさらにふらつく。レギュレーターを咥え、デッキの最後部からエントリーする。一旦海面に顔を出してから、BCからエアーを抜き潜行する。久々に味わう3次元の移動である。グループ全員が揃うまで、岩場でホールドする。スタッフの合図で移動を始める。できるだけゆっくり呼吸しながら移動していると、だんだん気持ちが落ちついてきた。時空を漂うような感覚がたまらない。テーブルサンゴは、海中の庭園である。イソギンチャクのなかに、クマノミの群れ。そう「ニモ」の世界。これを家族に見せてあげたい。行きかうベラやスズメダイ。水の中まで差し込む日の光に触れると、身体も温まる。サンゴが荒れているのが、少し気になった。残圧に余裕を残して浮上する。あっという間のダイビングであった。
 デッキに上がると、余計にうねりを強く感じた。間もなく三半規管が限界になり、思わず海へ嘔吐した。デッキにもたれかかり、水面を見ていると魚が寄ってきている。餌付けをしてしまった。クルーザーはうねりのない場所に移動したが、オプションの1本は遠慮して、休むことにした。日焼け止めクリームを十分に塗り直し、デッキでゆっくり休憩し、ランチを摂ると元気が回復した。
 2本目は潮が流れているので、ドリフトになった。ドリフトとは、エントリーの場所から潮の流れに沿って潜行し、潮の下流で浮上する方法で、うまく船が見つけてくれないと、漂流することになるダイブである。ダイビング中は楽であるが、浮上の際に、スクリューに巻き込まれないような注意が必要である。水中でうねりに身を任せていると、身体のバランスをとるのが難しいが、体力を消耗しないので、これは楽しむことができた。残圧も十分で、自信を取り戻した。
 クルーザーに上がるとすでに午後3時。これでは、いくらなんでも4時には帰港できそうもない。ホテルには、4時45分に迎えに来てもらうことになっている。ここはケラマの海の上。じたばたしても仕方ない。スタッフに事情を説明し、自分だけはショップには寄らず、機材をそのまま返却することにしてもらった。クルーザーはかなりスピードを上げている。本島が見えるところまで来ると、携帯電話が通じた。午後4時30分。「すみません。まだ海の上です。迎えを5時半にしてもらえませんか。」
 桟橋からホテルまで直行し、シャワーもそこそこに、ネクタイを締める。講演会場には、開始予定の午後6時丁度に到着した。よかった、間に合った。幹事の先生は会議が延びていて、「丁度良かった」らしい。講演を始めても、身体が揺れているような感覚がしばらく続いていた。身体が揺れるたびに、今日のケラマの海を思い出し、余韻をひとりで楽しんでいた。
 
 ペンリレー <ケラマの海> から