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<ペンリレー>

発行日2004/03/10
秋田県成人病医療センター  三浦 傅
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不思議な患者さんのこと
 
 長年臨床に携わっていると、不思議な人たちに出あうことがあるもので、斯く云う私も幾度か不思議な人たちに出会ってきた。その中でA氏ほど科学の枠を超えた不可思議な人物を、私は知らない。
 氏は、大分前に亡くなられたが、瓢々としたうちに豪儀な気質を秘めた、進取の気性に富んだ、中中に人間的魅力の豊かな人物であった。
 心疾患があり、某医の紹介で私を受診されて以来、七十代後半に亡くなられるまでの十数年にわたりお付き合いすることとなったが、入退院を繰り返すうちに、次第に医師と患者という以上に親しくなり、時折人生について様々の面白い話を語ってくれるようになっていった。
 幾度目かに入院した折りに、氏は問わず語りに若かった頃の不思議な体験を私に聞かせてくれたことがあった。
 当時、氏は東京の某歯科大学の学生であったが、学生生活を謳歌し過ぎたあまり、勉強に手の回らないままに時を過ごしていたのだそうである。やがて、歯科医師国家試験を受ける前々日になってしまった。このままでは確実に落ちると、さすがの氏も悄然と床に就いたその夜、国家試験を受けている夢をみたのである。夢自体があまりにも鮮明で、出ている試験問題にも驚き、夢の途中で夢であることに気付いた。氏の言によると、急いで目を覚まし、神の助けと半ば信じて、近くに住んでいた遊び仲間で親友の同級生を呼び出し、今みたばかりの夢の中の試験問題を二人で必死に勉強した。驚いたことに、夢と全く同じ問題が出ており、無事に歯科医師国家試験に合格できたという話なのである。
 さらに、もう一つの不思議な体験も話してくれたのである。
 夢の助けで首尾良く歯科医となったが、その後暫くして第二次大戦が始まった。やがて氏も徴兵されて直ちに中国大陸に派兵され、某地で連日連夜激しい軍事訓練が繰り返されていた。ある夜のこと、氏はまたしても鮮明で不思議な夢をみたのだった。それは、自分の所属する部隊が問もなく最前線に派遣され、全滅してしまうショッキングなものであった。あまりにも鮮明であったため、何時しか国家試験時の体験を思い出していた。翌日、いつもの軍事訓練中に大障害物を乗り越えるところで意を決して落下し、片足を骨折した。治療のために、直ちに本国に送還されたのだが、氏の所属する部隊は1ヵ月後に最前線に配属されるところとなり、問もなく夢の通り全滅してしまったとのこと、氏はこれらの鮮明にみた不思議な夢の体験を信じられぬ真実であると結んだのである。
 そのときは、氏の不思議な話を偶然に過ぎない与太話と受け取ったのだった。
 その話を聞いてから十年近くが経ち、A氏は相変わらず入退院を繰り返していた。例によって心不全が悪化して入院したが、治療により心不全は悪いながらも安定し、退院も考えられるまでになったある日、回診しようと病室にうかがうと、氏曰く、「先生。私は例の夢をみたんです。一週間後に私は死にます。」。驚いて、病状は安定しており、そのような心配は杞憂の旨を説明したのだった。しかし、氏は直ちに顧問弁護士を病室に呼んで、死後の手配を全てしたのである。立ち会いを頼まれたため、やむを得ずお付き合いしたものの、主治医としてはそこまでしなくともと秘かに思っていた。ところが、なんと、氏の云った通り、一週間後に忽然と亡くなられたのである。
 常々、A氏は、このような夢の三回目は自分の死ぬときであると話しておられたのだが、正に氏の云う通りになったのは、私にとって信じられない驚きであった。
 科学者の端くれとして、氏の見た夢をどう考えたらよいのであろうか。小説の中などに未来を予知できる人間の話が出てくるが、はたしてそのようなことがあるのだろうか。
 A氏を思い出す度に不思議な気持ちになる反面、人生とは中中に面白いもので、これからも未だ知られていない不思議なことに出会えるのではなかろうかと期待するのだが、不謹慎の誹りを免れないか。
 
 ペンリレー <不思議な患者さんのこと> から